INTERVIEW
ヒステリックパニック × 激ロック × バイトル
2018.06.11UPDATE
2018年06月号掲載
Member:とも(Vo) Tack朗(Gt/Vo) $EIGO(Gt/Cho) おかっち(Ba) やっち(Dr)
Interviewer:杉江 由紀 Photo by RIKA(ROCK HAiR FACTORY店長)/ 大木 優美
ヒステリックパニック × 激ロック × バイトル キャンペーン情報
- フォロー&RTでヒステリックパニックのサイン色紙をプレゼント
- バイトルのアプリDLでヒステリックパニックのサイン入りポスターをプレゼント
人に歴史あり。今やシーンを騒がせているヒステリックパニック(通称:ヒスパニ)の面々にも、かつてはアルバイト現場でバンド運営や楽器購入のためのお金を稼ぎ、夢を実現するための地道な努力をしていたころがあったようだ。最新EP『666 (TRIPLE SICK'S)』では、勢い良く弾けながら、ヒスパニらしい中毒性の強いラウド・サウンドを目一杯に聴かせてくれている彼らだが、このたびの日本最大級アルバイト情報サイト"バイトル"と激ロックによる"激的アルバイトーーク!"では、メンバー5人の口から思っていた以上に真面目で真摯な答えが返ってくることに。なお記事後半では、普段経験できないような非日常的なアルバイトが体験できる企画"ドリームバイト"で選出された大学生、小山真由さんによる直撃インタビューも!
-ヒステリックパニックのみなさんは、どのようなアルバイト経験をお持ちでいらっしゃるのでしょうか。
とも:僕は最初に飲食店から始めて、そのあともだいたいは飲食店でしたね。それ以外だと、ネット・カフェとかゲームセンターの店員、あとは工場作業もしたことがあります。
-飲食店が多かったというのは、何か理由があってのことでした?
とも:飲食店の中でも、僕がやっていたのは全部キッチンの方だったんですよ。要は接客とか人と関わるのが苦手で、内側での仕事ばっかりしてたんです。今もわりとそういうところありますけど、当時は今の53倍くらいコミュ障だったんです(笑)。
-なるほど、仕事選びの基準はそこだったのですね。
とも:ただキッチンに関しては、やっているうちに仕事自体が"結構面白いな"と感じるところも出てきました。
-調理が楽しくなってきた、ということでしょうか。
とも:そうなんですよ。それもあって、一時期は飲食店でバイトから正社員になって、しばらく働いていたこともあったくらいです。仕事として始めるまでは、まったく料理なんてできなかったんですけど、覚えていくうちにだんだん楽しくなっていったんです。
-ちなみに、今でも作れる十八番メニューは?
とも:最近は忙しくてあんまり作らなくなっちゃいましたけど、長く働いていたお店が創作和食みたいなところだったので、基本的に和食系ならわりとなんでも作れます。
-素晴らしい! その調理スキルが、人生そのものにおいて役立ったことはありますか。
とも:バンドをやりながらバイトをしていた期間は、自炊で節約をしてましたね。独り暮らしをしていると、つい外食とか買ったもので済ませがちなんですけど、ちゃんと自炊ができると実生活ではかなり役に立ちます。
-その他に、バイトをしていたなかで"今思うとあれはいい経験だったな"と感じることはあるでしょうか?
とも:僕の場合、学生のときには部活とかをまったくやっていなかったんですよね。とにかく、コミュ障だっていう自覚があったから、できるだけ人とは関わらないようにしていたんですけど(苦笑)、バイトをやるとなると職場での先輩、後輩っていうのが自然とできるわけなんですよ。当然、お店なので店長がいて、オーナーもいますしね。一番長く3年くらいバイトをやっていたお店では、途中で自分が社員になって、後輩のアルバイトの子たちも入ってきて、という状況で仕事を教えたり、あれこれ指示を出したり、シフトを作ったり、みんなのまかないを作ったりということをしていくうちに、仕事だけじゃなくて"人との関わり方"も覚えていくことができました。学校では学べなかったことや学ばなかったことを、バイトを始めたことで学べたところが結構ありましたね。ほんと良かったです(笑)。
-では、次におかっちさんのバイトにまつわるエピソードを教えてください。
おかっち:僕は、大きいスーパーの1階にあるような、専門店街に入っている八百屋みたいなところで初めてのバイトを経験しましたね。あとは、塾の講師と家庭教師。レンタルCDショップでも働いたことがあります。
-それぞれに方向性がバラバラですが、最初に八百屋さん的なお店で働くことになった理由はなんだったのでしょう?
おかっち:もともと、母親がそのお店で働いてたんです。そして、僕はちっちゃいころからそのお店にはよく母親について行っていたので、そこの社長さんともすっかり顔なじみだったんですよ。だから、学生になった時点で"なんかバイトやってるの?"って聞かれて、"まだやってません"って答えたら、"じゃあ、うち来なよ!"っていうことになって、面接も履歴書もなしにそこで働くことになりました。
Tack朗:コネ入社だ(笑)!
とも:しかも、八百屋で働いてたわりに果物嫌いなんでしょ?
おかっち:んー、あんまり食べない(苦笑)。
-店頭販売というのは難しくなかったですか?
おかっち:僕はとも君と違って(笑)、接客は全然大丈夫なので楽しかったです。来るお客さんはおじいちゃんとか、おばあちゃんとか、主婦の方とかが多いんですよ。そうすると、買い物がてらの立ち話が無茶苦茶多いんですね。そういう意味では、ものを売るという以上に話している時間の方がかなり多かったと思います。
-その一方で、塾講師や家庭教師というのもひと筋縄ではいかない難しいお仕事のようにも思えますが、なぜそれを始めることになったんですか?
おかっち:友達が塾講師をやっていたんですよ。予備校みたいな大規模なところとは違って、少人数の生徒3対講師1とかで授業するようなちっちゃな塾だったので、"わりとやりやすいよ"という話を聞いて、それで俺もやってみようかなと始めました。
-とはいえ、人にものを教えるというのは責任重大なお仕事だったのではないでしょうか?
おかっち:たしかにそうですね。テキストどおりに教えていても、わからないところって当然生徒によって違ってきますし、それに応じた教え方をするのはやっぱり難しかったです。答えだけ教えてもダメなわけで、ちゃんとわかるまで教えるのって大変でした。
-お子さんの性格によっては、手こずらされたりすることもありそうです。
おかっち:そのあたりは塾長が講師と生徒の相性も考えてくれていたみたいで、僕はだいたいキャラが明るい子とか元気な子とか、ちょっとうるさいくらいの子たちの担当になることが多かったですね(笑)。
-授業中に、その子たちがワチャワチャし出してしまうことはなかったですか?
おかっち:そういうときもありましたけど、"黙れ!"って言ったら治まってました。あ、でも別に叱りつけるとかじゃなくて、笑いながら注意するだけで大丈夫だったんです。
-それから、先ほどレンタルCDショップというのも出てきていましたが、それは音楽に近い仕事であるという点が仕事選びに影響していたのでしょうか?
おかっち:あー、それは多少ありましたね。そこのお店は、レンタルだけじゃなくて販売もしていましたし、マンガの貸し出しもやっているお店だったので、いろんな情報を得られる場ではあったと思います。
-様々なお仕事の経験をされてきたなかで、おかっちさんが"働く"ことを通して勉強になったなと感じているのはどんなことですか。
おかっち:特に塾講師と家庭教師に関しては、人に教えることで自分の方が気づかされることというのがすごくありましたね。つくづく勉強になりました。