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COLUMN

G-FREAK FACTORY 打たれる出た釘・打たれない出すぎた釘 第三十八回

G-FREAK FACTORY 打たれる出た釘・打たれない出すぎた釘 第三十八回

これは夏が長くなるのか?前倒しなのか?もしくはこの先には例年を超える暑さを感じることになるのか?5月に30℃という溶けそうな記録を叩き出して2023年の半分が終わる。ハリキリの美学を用いて半音高めの音頭を取りながら進まないと、とうてい乗り切れる代物ではない。そして時間の経過が早い。もう猛烈と言っていいほどに、早い。特に空白の静止画のようなリアルが覆ったコロナ世界を経た今、時間軸が切り取られ、あれはいつのことだっけ?が次第に増え、たまに自分の年齢すらもわからなくなる時がある。この体感だとアクビをしている間に人生が終わっちまうような気すらしてきた。モタモタしてる場合じゃない。

時間の経過が早く感じるのは新しい勉強をしていないからだと聞くが、果たしてどうなのだろうか?思えば幼少時代の時間の経過感覚は真新しいものを吸収することがとても多く、そのアップデートと教室的なストレスからか1日がとてもスローだった覚えがある。いつからか人はその人なりのポテンシャルを用いて、その安全な範囲の中で「こなす」ことを体得する。処理するスピードが成長を妨げるルーティーンゾーンへと突入していく。これが感覚の早さに直結するのだと思う。

日本のように温暖湿潤気候で四季を持つ環境では、1つ先の季節を想像しながら生きていく。徐々に順応し、呼応していく。あの寒かった雪の日は脳裏に少し残っている程度だ。気候変動が少ないカリフォルニアの同じ太陽に1年中照らされ続けた人とは全然違う感覚を持った生き物になる。なのに不安から同じを求めていくもの。環境によって音楽のピッチやテンポ、絵画をはじめとする文化も習慣も、性格や雰囲気までもが変わるのだから面白い。

2つ先の季節に7度目の山人音楽祭をようやく3年ぶりに従来のグリーンドームに戻して開催する。群馬という田舎町の環境で辛抱強く続けてきたローカルイベント。ドームに帰るというより、新しくドームに挑戦するイメージだ。3年とは文字だけ見ると長いが、実に去年のように鮮明に覚えている。あの頃はこんなクレイジーで夢が詰まった催しを毎年当たり前のように開催できていたことに少々の驚きすらある。止まらなかったから、いや止まれなかったからまたチャレンジすることができる。出演してくれる強靭な仲間にも、意識の高いスタッフにも感謝しかない。気づけばもうすぐそこに9月がある。是非とも皆、群馬のあの空間で祭りを存分に堂々と遊んでもらいたい。思い出しながら俺もそのつもり。

全ては一瞬。ご存知の通り、こんな寂しい時代にも時間は常に正確に等しく走り去る。帰らない。ならば内容だろ。濃くすることでしか評価できないという結論。俺も皆もどうか変わりなく、人間で在る時間を今よりも悔いなく丁寧に生きれたらいいな。濃度があるのに透明であるような瞬間をもっと。PEACE & YAH-MAN

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