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INTERVIEW

G-FREAK FACTORY

2022.09.13UPDATE

G-FREAK FACTORY

メンバー:茂木 洋晃(Vo)

インタビュアー:フジジュン

97年結成、今年結成25周年を迎えるG-FREAK FACTORYが、2年2ヶ月ぶりのオリジナル音源となる、シングル『Dandy Lion』をリリース。2020年には渾身のアルバム『VINTAGE』を完成させるも、コロナ禍でツアーが軒並み延期。思うようにバンド活動ができず、目まぐるしい日々の変化に悩み苦しみ、それでも考え、行動し続けたからこそ導き出されたひとつの答えと言える今作。G-FREAK FACTORYらしく、ここからの期待や希望に満ち溢れ、25年の誇りや説得力をしっかり感じさせる最新作について、茂木洋晃にじっくりたっぷり話を訊いた。

-今年で結成25周年を迎えるG-FREAK FACTORY。まずは25周年というところでの率直な感想はいかがですか?

25年間、ダラっと来ちゃいましたね(笑)。あまり25年やった感覚とかなくて、ただ目の前のことをこなしてたら25年過ぎたって感じで。それは楽しくやれてるからだと思うし、いいことだと思うんですけど。20周年であんまり周年っぽいことができなかったから、25周年はいろいろやってもいいんじゃないか? とは思ってます。

-別のインタビューで"バンドなんて10年やったら大成功、25年やったら大往生"と語っていましたが(笑)、10年続けた大成功の向こう側にあったものはなんでした?

マンネリと阿吽と......あとはなんだろうな? 最初の5年くらいは"なんでそんなことやってんだよ"って笑われてたのが、10年経ったら呆れられて。15年経った頃から、"お前は好きなことやれてていいよな、羨ましいよ"と言われるようになって。20年経ったら、そいつらが勝手に応援してくれるようになりましたね。こっち側はやってること変わらないんだけど、そういうもんなんだなと思って。

-結成15年、2012年にBADASSとレーベル契約して、地元群馬でフェスを主催して。特にこの10年は、G-FREAK FACTORYにしかできないことをしっかりやれています。

そうか、BADASSと契約して10年か。そう考えたら、本当にあっという間ですね。でもだから、この10年がようやくバンドの活動をしっかりやれてるなという感じですね。それまではずっと予行練習みたいなことをやってて(笑)。BADASSに入る前はライヴもやってはいたけれど、しっかりやるというよりは楽しくやるって期間でもあったし、ここ最近はコロナで活動できなかった時期もありましたし。そのへんを間引いてみると、やっぱり25年もやった気がないですね。

-2020年、新型コロナの流行前からアルバム『VINTAGE』に取り組んでいて、7月にアルバムをリリースしたけれど、ツアー([G-FREAK FACTORY"VINTAGE"TOUR 2021])も半分延期になってしまいました。

そういうバンドなんですよ、俺らって(笑)。バンドやライヴハウスというものが、世の中的に悪の根源みたいなところまでいったから、すごく落ち込んだ時期もありました。特に俺の住んでるところは田舎なんで、"バンド"ってワードだけで嫌がられて......でもまぁ、それが懐かしくなるところまでもうちょっとだろうし、そうしていかなくてはいけないと思うので。今は"よし、次行こう!"って気持ちですね。

-コロナ禍で思うように活動できないなか、どんなことを考えてました?

配信とか手段はあったんでしょうけど、それでやった気になるのも、それで観た気になられるのも嫌だったし。それぞれが違った環境やデバイスで、ライヴハウスとは違う感覚で観る映像で勝てる気がしなかったし。ただのシノギのために配信をやっちゃいけないと思ったんです。お金のために何かをやり始めたら、バンドなんて簡単に終わるから。

-そこまで積み上げてきた信用やプライドというものがありますしね。

だから、そこを履き違えちゃいけないと思って。ライヴの音に合わせて、生で映像を投影する、映像マニピュレーターの人と一緒にライヴをやるという、新しいことにも動いたんです。そしたらあまりにお金がかかりすぎることがわかって、"やめよう!"となって。それ以来、あんまりそういう発想にならなかったですけど、アコースティックならあまり音の劣化もないから配信でもいいのかな? とは思ったし。何か新しいことをやることで、モチベーションが保たれるならやるべきかな? とも思ったんですけど。やればやるほど落ちると思って。コロナ禍の最初の頃は、そんなことを考えてました。

-曲を作るにしても、『VINTAGE』で一度、すべてを出し切った直後ですし。

アルバムで出し切ったうえに、価値観のマインドが変わってるじゃないですか? だから最初は全然、曲が書けなかったですね。それでも足掻いて、2021年12月に「MASKER」ってソロで1曲出して。"コロナでみんな寂しい"みたいな曲だったんですけど。そのあとに"いざ、G-FREAK(G-FREAK FACTORY)!"となったとき、その差別化をどうしようかと思って。"暗いなかでも、できるだけ明るい曲を書こう"と思い、今回のシングルに至ったという流れですね。

-今作を聴かせていただいて、そこに至るお話も聞いて。つらくしんどい時期も長かったと思いますが、そんな時期があったからこそ生まれたシングルにもなりましたよね。

うん、そうだと嬉しいですね。

-3曲とも今の自分にすごく響きましたし......なんでもコロナや今の時代に当てはめてしまうのも嫌なんですけど、コロナ禍で家族の繋がりや大切さをすごく考えさせられて。「Dandy Lion」を聴いたとき、今の時代に当てはめて聴くのと同時に、個人的には家族のことや近い将来、綿毛のように旅立っていくであろう子供たちのことを考えて、泣きそうになりました。

実は家族もギリギリのバランスで束なってますもんね。俺は結局、単位だと思ってて。個人の単位と家族の単位と近所の単位では、幸せの感じ方や考え方も全然違うし、それが市や県や国の単位になったら、もっと違ってきて。"この出来事は、どの単位での幸せなんだろう?"というのは、コロナですげぇ考えるようになったし。自分の幸せが家族の幸せとは限らないし、もっと大きな単位での幸せが自分の幸せとは限らないから。テリトリーを大きくすればするほど、幸せの捉え方って全然違うんですよね。

-たしかに"これは誰のため?"と思うことは多いですが、違う角度や単位を変えて考えると理解できることもあります。

去年、友人との突然の別れがありました。その友人を紹介してくれた子が、"茂木さんは人のために生きなくていいから、自分のために生きてください"と言うんです。俺、それがどういう意味かわからなくて。"人のために生きることは、自分のためを兼ねていよう。自分のために生きることは、人のためを兼ねていよう。これならいいんだな?"って曲を1曲書いたんです、まだ全然出してない新曲なんですけど。それもコロナや人の死が教えてくれたことで。その子に限らず周りから見たとき、俺が"あまりにも人のためだけに走りすぎだ"って見えてるみたいなんだけど、"でもそれが結果を含めて、自分のためを兼ねてればいいんでしょ?"と思ったし。人間っていいガソリンが入れば、どこまでも飛んでいけちゃったり、複雑なようでいてシンプルなんだってことに気づいた。だったら、短日短日をシンプルに濃く生きていけるようにしようって、コロナが教えてくれたんです。