COLUMN
ACMEのGEKI STATION vol.18
ACME 『HALのハルヤマ散歩 -VOL.5-』
2025年は、私が私をちゃんと労わりながら山を歩いた一年だった。登り始めの『焼岳』から年末の『宝満山』まで、合計53座。数字だけ見ると元気すぎるが、実際は「無理をしない」「引き返す勇気を持つ」「温泉を最優先する」という大人の登山が身についた年でもある。
年明けの『焼岳』は、冬季限定という響きに心を掴まれつつも、ちゃんと準備してスタート。トレースが消えた斜面では、一歩ずつ進む自分を「今、私めちゃくちゃ頑張ってる」と内心ほめ続けた。南峰で噴煙を眺めた瞬間、今日ここまで来た自分はもう十分えらい。北峰は無理せず見送り、温泉へ向かう判断も完璧だった。
翌日の『西穂高岳』は快晴スタートからのホワイトアウト。自然の気まぐれに翻弄されつつも、独標で引き返す冷静さがあった。そのご褒美のように現れた白い雷鳥。「控えめにして正解だったよね」と言われた気がして、勝手にうなずく。
青森の『岩木山』では、自分の限界と仲良くなった。ラッセルに苦しみながらも、「今日はここまででいい」と決められたのは、経験を積んだからこそ。岩木山での撤退は、判断力という筋肉がしっかり育っている証拠だ。
『北八ヶ岳』の雪中テント泊では、整地という名の雪遊びを満喫し、見知らぬ登山者の優しさに心がぽかぽかになった。寒さの中で食べる鍋は、ここまで来た人にしか解らない味がした。
春の『蛇骨岳、至仏山』『燧ヶ岳、妙義山』では、踏み抜きもヒルも全部含めて季節の一部。燧ヶ岳での撤退も、「生きて帰る」が最優先という、揺るがない基準を確認する時間だった。
夏は『塩見岳〜白峰三山縦走〜南アルプス深部』へ。憧れていた稜線を、自分のペースで歩ききったことが何よりの誇りだ。スコールでテントが水没しても、ちゃんと対応できた私がいる。
雲の中の『旭岳』、リハビリ登山の『堂平山』、旅先の『宝満山』まで、どの山でも私は自分に優しかった。
登頂できた日も、引き返した日も、すべてが良い山行。
2025年は、「ちゃんと山を楽しめている私」に何度も出会えた一年だった。
そして2026年も、ACMEの音楽をたくさんの皆さんと、ちゃんと楽しみます。結成9年目のACMEをよろしくお願いします!
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