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INTERVIEW

ACME

2022.01.26UPDATE

2022年01月号掲載

ACME

メンバー:CHISA(Vo) 将吾(Gt) RIKITO(Ba) HAL(Dr)

インタビュアー:山口 哲生

2021年は、22ヶ月ぶりの国内ツアーのみならず、アメリカ・ツアーも開催したACME。コロナ禍という苦境に立たされながらも、足を止めずに邁進していこうとする彼らの姿勢は、前作から半年空けずにニュー・シングル『Enchanted』をリリースするところからも、ひしひしと伝わってくる。今回のインタビューでは、新曲はもちろん、昨年開催したUSツアー"ACME Unbreakable Tour 2021"のことを中心に話を訊いた。終始笑いが途絶えない賑やかな取材になったが、コロナ禍における国外のライヴ事情が垣間見えるテキストにもなっているので、彼らがYouTubeにアップしている現地の映像と併せて楽しんでいただけると幸いだ。


2021年にアメリカ・ツアーをした日本のバンドって、ウチらくらいらしいんですよ


前作『月光浴』の取材(※2021年9月号掲載)時では、どうなるかまだわからないところもあるという話でしたけれども、先日、USツアー"ACME Unbreakable Tour 2021"が無事終了しました(※取材は2021年12月上旬)。いつ頃帰国されたんですか?

CHISA:帰りはバラバラだったんですよ。先にここのふたり(将吾とRIKITO)が帰ってきて、その1週間後に僕ら(CHISAとHAL)が帰ってきて。僕らふたりだけでラスベガスのイベント("Sin City Anime")に出ていたので。

-急遽出演が決まったんですか?

CHISA:そうです。ふたりは他の仕事があったけど、僕らはACME関連のスケジュールが始まるまで特に何もなかったので、向こうでちょっとゆっくりしようと思ってたんですよ。というのも、今回の行程が、ライヴをして、ファン・ミーティングをして、移動して......というのを4本やったあと、そこからほぼ寝ずにMV撮影を2日間やって、早朝に帰るっていう。それを聞いたときに、"僕ら別に急いでないんでゆっくりしたいです"って(笑)。飛行機の値段も変わらなかったので。でも、そのイベントに出ることになって、結局ゆっくりできず(笑)。

HAL:僕はLAで山にでも登ろうかなと思ったんですよ。1週間ぐらいあれば行けるかなと思ってたんですけど。

将吾:めっちゃ働いとったよね(笑)? まだ働くんや!? と思った。

-でも、かなりフットワーク軽いですね。話があったらすぐ動くという。

CHISA:僕らはビザを持っているんですけど、今ってESTA(電子渡航認証システム)で入るのが厳しいらしいんですよ。あと、こういう事情ですっていう一筆がないと入れないんですけど、そのことがあまり日本で出回ってなくて、イベントに出られなくなってしまった人たちがいて。それで"こっちにいるのであれば、ちょうどいいから出てほしい"と。ただ、ラスベガスに日本指定のPCR検査をできる場所がなくて、一度LAに戻らないといけなくなり、そこでフライトが遅れたので、僕とHALさんは結局1ヶ月ぐらいアメリカにいました(笑)。

-いろいろ大変でしたね(苦笑)。今回のツアーは、"ACME Live 2021「Unbreakable Tour 2021 (IN JAPAN)」"と題した国内公演からスタートしていて。まず、前半戦として、宇都宮、仙台、東京の3ヶ所を回り、USツアーから帰国後、後半戦がスタートという行程になっていましたけども、表記をACMEにしてからは初ツアーでしたよね。そもそも国内ツアーが22ヶ月ぶりで、まさに待望という形だったわけですが、久々のツアーはいかがでした?

CHISA:初日の宇都宮で『月光浴』のカップリングだった「WALK」を初披露したんですよ。コロナ・ルールに反した激しい感じの曲なので、どうなるかなと思っていたんですけど、意外と景色が良かったですね。みんなやれる範囲内で楽しんでくれて。

HAL:やっぱり今まで通りとはいかないですけど、お客さんも久しぶりに爆音の場に行く感じだったと思うし、楽しもうっていう気持ちがすごく伝わってきましたね。俺らとしてもツアーがやっと再開できたし、変な感覚なんですけど、当たり前のように年に1、2回ツアーをやってきたのが特別な感じもして、ちょっと感慨深くなりました。

-たしかに、22ヶ月ぶりってほぼ2年ですもんね。

HAL:バンドを始めてから今までそんなことなかったですからね(笑)。22ヶ月もツアーに行かないことなんて。

CHISA:初日が10月の頭だったので、状況が今とはまたちょっと違う感じだったんですよ。"どうするんだろうな......"っていう空気がまだちょっとあって、探り探りな感じもあったんですけど、始まってしまえばね?

将吾:うん。

RIKITO:ライヴ当日になっても、"これはいい、これはダメ"っていう話が出ていたし、結局、蓋を開けてみたらダメだったってこともあったんですよ。でも、そういうなかでも僕らがステージに立ってやることは変わらないので、いつも通りのライヴはできたかなと思いますし、それを観て、お客さんも楽しんでもらえたとは思うんです。でも、やっぱり正直なことを言うと、終わったあとに、完全燃焼とまではいかないところはありました。ライヴをしながらも、頭の端っこのほうで考えてしまう部分はあったから、純粋に120パーセント楽しんでライヴができたかといったら、僕はそうではなかったです。お客さんも声を出せたら良かったのになとか、そういうのはやっぱり思っちゃいましたね。

-そうですよね。お客さんの動きが制限されてしまうことによって、以前までは生まれていたものが生まれないわけですから。どうしても引っ掛かりはありますよね。

RIKITO:僕らよりもお客さんのほうが我慢している部分が多いですからね。こうだったら良かったのになというのは、やっぱり思いました。

-将吾さんは久々の国内ツアーはどうでした?

将吾:やっぱりそういう状況やから、不安でしかないんですよ。だから、宇都宮の前日に飲みすぎて、二日酔いで本番前まで楽屋の床でずっと寝てました(笑)。

RIKITO:すごかったよね(笑)? ツアー中、CHISA君がカメラをずっと回しているんですけど、見切れるか見切れないかぐらいのところで、人がずっと寝てるんですよ。

CHISA:最初はイスに座ってたけど......。

HAL:最終的には床で寝るっていう(笑)。仙台も二日酔いじゃなかった?

将吾:うん。宇都宮の次の仙台もすごく不安で。でも、無事にライヴもできて、やりきれて良かったなっていう開放感で飲みすぎて、また二日酔いになって。

CHISA:翌日起きてこなかったですからね(笑)。

HAL:今回のツアーは(機材車)2台で行ったんですよ。CHISAとRIKITO、将吾とスタッフと俺っていう。で、最初は"疲れるだろうから交代しながら行こう"って言ってたんですけど、結局将吾もスタッフも二日酔いで、一度も起きずに目的地まで着いて。俺はただ死体を運んだだけですよ、仙台から東京まで。

一同:(笑)

-おつかれさまでした(笑)。でもまぁ、将吾さんとしてはどうなるのか不安だったと。

将吾:すごく最悪な想像をしてたんですよ。久しぶりの地方というのもあって、どうなるんやろうなって。もうほぼほぼ初ライヴの気分に似たような感じだったんです。でも、しっかりできたので良かったなと思いました。

-その前半戦が終わり、USツアーがスタート。今回はアトランタ、シカゴ、ポートランド、コスタメサの4ヶ所を回り、コンベンションへの出演と、ライヴハウスでのワンマン・ライヴを交互に行うという行程になっていましたけども、約2年ぶりのアメリカでのライヴはいかがでした?

将吾:普通のライヴでした(笑)。

-(笑)普通というと?

将吾:もういつも通りですよ。マスクをつけているというのはあったけど、今までやってきたライヴを久しぶりにやったって感じ。

RIKITO:歓声も上がっていたし、モッシュもしていたし。

将吾:もともと、日本とアメリカって(客席の)景色が違うけど、普通のライヴをやれたっていう感動が、初日のアトランタではありましたね。人もめっちゃいたし。

CHISA:お客さんの人数でいうと、一発目のアトランタのコンベンション("Anime Weekend Atlanta")が一番多かったんですよ。

HAL:3,000人ぐらいいたよね?

CHISA:うん。感染対策をしている日本のライヴから一気にその景色だったんで、結構びっくりしましたね。

将吾:夢見てるのかなと思った。普通のライヴができたから。

RIKITO:そうだね。僕も思いました。すごく感動した。

HAL:歓迎ムードもすごかったしね。"よく来てくれた!"っていう。

将吾:ツアーやったのって俺らだけなんだっけ?

CHISA:そうそう。2021年にアメリカ・ツアーをした日本のバンドって、ウチらくらいらしいんですよ。ソロ・アーティストは何人かいたり、ヨーロッパ・ツアーをしたバンドもいたりするんですけど。本当は全然やれるんだけど、自主的に今はやめておこうかなということもあったみたいで。だから、向こうのスタッフに"レアだよ"って言われました。

将吾:"お前らよく来たな!?"みたいな(笑)。

RIKITO:あと、新しいお客さんもすごく増えていたんですよ。

CHISA:歌っている人とかもいて。そこは結構感動しました。

-この2年間は配信を中心とした活動をせざるを得なかったけど、それがちゃんと届いていたのは嬉しいですね。

RIKITO:そうですね。やっていて良かったなって。

CHISA:言っても大変なこともあったんですよ。今までも日本のやり方ではうまくいかないことがあったけど、今回もそういうことがちょいちょいあって。でも、そのこと全部目をつぶってもいいぐらい、ライヴが良かった。

RIKITO:ちょっと慣れてきたのもあるよね? リハが2時間押しても、"あぁ、またか"ぐらいの感じで、特に焦ることもなく。

CHISA:そうそう。コンベンションみたいなイベントになると、ボランティアのスタッフも多いんですよ。だから、そういうなかですべて完璧にやっていくというのは難しいんですよね。

HAL:いちいち気にしていたらできないですよ。だからもう、空気と電気があればなんとかなるぐらいの感じ。

一同:ははははははは(笑)。

RIKITO:いい意味で諦めも必要だし、そのなかで自分ができる100パーセントのパフォーマンスができればそれでいいっていう。

-HALさんは、久々のアメリカで、初日から大観衆の前に立ってみていかがでした?

HAL:実はあんまり覚えてなくて(苦笑)。というのも、僕イヤモニ使ってるんですけど、その状況が最悪だったんですよ。クリックがなんとかギリギリ聴こえて、RIKITO君がしゃべると爆音で響いてくるっていう(笑)。だから、集中しないと演奏が全部ズレちゃうんで、浸ってる場合じゃなくて。あとから映像を観て、いろいろ思いはしましたけど。

将吾:アトランタの映像ヤバくなかった? CHISA君が送ってくれたやつ。

HAL:あぁ。"売れたなぁ"って思った。

一同:はははははは!(笑)

CHISA:ステージの両サイドにモニターがあって、メンバーを抜いている映像を流していたんですけど、それを撮っているカメラは客席の真ん中あたりにあったんですよ。それでもかなりの人がいる感じに見えるんですけど、そのカメラの後ろに倍ぐらいの数の人たちがいて。

将吾:あれはホントヤバかった。

CHISA:ACMEを観に来た人もいれば、イベントに遊びに来た人もいるし、よくわからないけど楽しそうだから観てる人もいるし。にしても、なんでそんなに盛り上がってくれるんだろうっていう感じで(笑)。打てば響くんですよ、向こうの人って。

-その次のシカゴ公演は、ライヴハウスでのワンマン・ライヴ。

CHISA:今回は、ライヴハウスのほうがジャパニーズライクにやれた感じはありますね。あと、いろんな人がいた気がする。コンベンションは、言っても若い子のほうが多いんですよ。でも、ライヴハウスだと、ロック好きのおじさんとかも結構いて。

将吾:ライヴを観に来たというよりは、飲みに来たらやってたから観てる。で、カウンターで飲んでるおっちゃんが途中でノリノリになって、よしよし! って。

CHISA:シカゴはオープニング・アクト(DOG SPELLED BACKWARDS)を入れたんですけど、そのバンドとの交流も楽しかったですね。

RIKITO:あとは、ライヴハウスだとコンベンションよりもお客さんとの距離がめっちゃ近いから、盛り上がっているのがすごく近い距離で伝わってくるのも、それはそれでやっぱり楽しくて。この景色を早く日本でも見たいなって思いましたね。

HAL:RIKITO君は楽しんでるんだろうなぁって思ったのが、ベース・ソロからリズム隊のセッションになるところがあったんですけど、そのベース・ソロがすげぇ長いんですよ。

RIKITO:ははははははは(笑)!

HAL:弾くと"ウワー!"って反応が返ってくるから、楽しくなってるんだろうなぁ......なかなか俺の番が来ねぇなぁ......って(笑)。

将吾:日本でやらないパフォーマンスをめちゃくちゃやるっていう(笑)。

HAL:やっぱり打てば響くから、こっちもいろいろやりたくなるんですよね。向こうのスタッフから聞いたんですけど、"アメリカ人は未来よりも今を大事にする"って言ってたんですよ。日本人は今よりもこれからのことを大事にするじゃないですか。そこは車の駐車の仕方にも出ていて。向こうは頭から突っ込んで停めるんですよ。

将吾:日本だとバックで停めるじゃないですか。なんなら"バックで停めてください"とか書いてあったりするし。

HAL:だから、(アメリカでは)ライヴの最中も"今を楽しもう"っていう気持ちがすごく伝わってくる。今、全力で声を出そうとか。