MENU s

激ロック | ラウドロック ポータルサイト

INTERVIEW

SiM

2010.10.04UPDATE

2010年10月号掲載

SiM

メンバー:MAH(Vo&Gt)

インタビュアー:TETU★KID

-はじめまして、激ロックと申します。本日はインタビューよろしくお願いいたします。初めてのインタビューになりますので、簡単な自己紹介とバンド結成の経緯を教えてもらえますか?

神奈川県湘南出身のレゲエ・パンク・バンドSiMのヴォーカルのMAHです。よろしくお願いします。バンド結成の経緯なんですが、高校の時に別々のバンドをやっていた僕と初代ドラマーがライヴハウスで知り合って、お互いのプレイに引かれバンドを結成したのが始まりですね。当時はスリーピース・バンドで、僕はヴォーカルとギターを担当していました。音楽性はというと今とはまったく違ってUKロックの要素が入ったレゲエ・ロックバンドって感じで、その時のバンドのコンセプトはMUSEとSUBLIMEだったんで、両バンドの要素を取り入れつつMUSEっぽい雰囲気でまとめた、湿り気のあるバンドでしたね。どっちかというとロック・バンドっぽい感じで。

-なるほど。

自分の元を辿って行くとJack Johnsonみたいな音楽性をやりたかったんです。でも性格的にそんな爽やかな音楽ができなくて(笑)SHOW-HATE(Gt)がバンド結成2年目に加入してそれを機に僕がピン・ヴォーカルになったんです。その辺りから音楽性が激変していって。SHOW-HATEと一緒に加入してきたベーシストが、ハードコアが大好きで曲を作っていく中でハードコアの要素が増えていったんです。そうやってハードになって行くとお客さんの受けも良くなり始めて・・・。

-そうなんですね。

そうなんですよ!今でもライヴのアンセム的な曲になっている「Set Me Free」ってのがあるんですけど、当時その曲は持ち曲の中でもかなり飛び道具的な感じだったんです。バンドは次第にハードな路線へシフトチェンジしていって現在の音楽性に徐々に近づいていった感じですね。初代ドラムとベースが抜けた頃には、パンク、スカ、レゲエ、メタル、ハードコアが混じりあったまったく新しいバンドをやろうと具体的な方向性も見出していました。

-SiMと名乗り始めたのはいつ頃なんですか?

バンドを結成して1、2本目のライヴは“Silence iz Mine”というバンド名で活動していました。でもバンド名が長くて覚えてもらいづらかったので、もっと判りやすくしたいなと思って短くSiMにしたらみんな覚えてくれて。それが浸透し始めたので、それ以降はSiMと名乗るようにしました。結成当初だから2004年くらいですかね。

-パンク、スカ、レゲエ、メタル、ハードコアなどSiMの音楽には様々なジャンルの音楽要素が含まれていますね。やはり影響を受けた音楽もたくさんの種類があるのでしょうか?

そうですね。影響を受けた音楽は本当にたくさんいます。メタル・バンドを例に挙げてみると、メタルしか聴いていないメタル・バンドと、いろんなジャンルの音楽を聴いているメタル・バンドを比べてみるとやっぱり後者の方が面白いんですよね。僕は親の影響で最初に触れた音楽はブルースだったんです。一番最初に買ったCDはEric Claptonでしたね。親にねだって買ってもらったのを覚えています。もちろんJ-POPも聴いたし、パンクも聞いたし、ハイスタも聴いたし、それからRANCIDに出会って、そこからCLASHなんかの初期パンクを聴き漁ったりもしました。バンドを始めた頃はLINKIN PARKやSLIPKNOTが全盛期で、でも僕はLIMP BIZKITが好きで良く聴いてました。一番好きなバンドはDEFTONESなんですけどね。それくらいたくさんの様々なジャンルの音楽を消化してきました。で、唯一あるSiMのコンセプトは“聴いていて飽きないバンド”にしたい。ってことなんです。僕からするとRANCIDもDEFTONESも少し物足りないんですよね。RANCIDに重さを求めても仕方が無いし、DEFTONESに裏打ちを求めても仕方が無い。どちらも満足できないんだったら、じゃあ僕がやっちゃおうかなみたいな感じです。自分の音源を聴いていて一生飽きない感じにしたいなと思って曲を作っていますね。

-3作品を4ヶ月間隔でリリースされますね。今作『LIVING IN PAiN』、来年2月にmini ALBUM、来年6月には2nd FULL ALBUMがリリースになりますね。この企画はどのように生まれたのでしょうか?

ツアーもろくに回ったことのない状態でのリリースだったんですが、2年前にフル・アルバムを出しました。実際にリリースしてみて良い部分も悪い部分も判って本当に勉強になったんです。その後の2年間でツアーを命一杯回って経験を積みました。ツアーを回っていると、もっとこういう曲が必要だとか、もっとあーいう曲を書かなくちゃいけないとか、そういうことが段々と判って来て、色々アイディアが出てきたんです。で、そういう生まれてきた曲達をCDにしてリリースしたいなと思ったんです。だけど当時はまだメンバーがヘルプの状態で、リリースには踏み切れなくて、正式にメンバーが決まってからのリリースを目指しました。それから今年に入って正式にメンバーが決まり『ANTHEM』をリリースしていよいよ動き出すぞってなった矢先に、SHOW-HATEが倒れて3ヶ月間バンド活動が出来なくなっちゃって。それからSHOW-HATEの体調が少しずつ回復してって、リハビリも兼ねてレコーディングをしようってなったんです。その時点で曲のネタは10数曲分ぐらいあったんで、フル・アルバムを作る方向で考えていました。だけど一度止まっちゃった訳だから、ちょっと面白いリリースの仕方をしたいなと思って、何枚かに分けてリリースするっていうのも手じゃない?って考えて、誰もしたことがないリリースの仕方を考えたんです。で、検討した結果、3枚CDをリリースするということに至って、フル・アルバムを3枚というのはさすがに難しいから、ミニ・アルバム2枚とフル・アルバムという形にしました。SiMは音楽的にも誰もやってないことをやってるんだから、活動も誰もやったことが無いことをしようと思ったんですよ。