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INTERVIEW

ナノ

2020.03.13UPDATE

2020年03月号掲載

ナノ

Interviewer:吉羽 さおり

2012年にアルバム『nanoir』をリリースし、これまでに多くのアニメ作品のテーマ曲を手掛け、国内のみならず、海外でのライヴも行ってきたナノが初のベスト・アルバム『I』をリリースする。この作品には、2012年の「Now or Never」から最新の「KEMURIKUSA」までのシングルや、アルバム表題曲など、ラウドでアグレッシヴなサウンドと、聴き手の心をかき立てるエモーショナルな歌声が詰まっている。これからへの想いも込められた新曲や、初期曲「magenta」のセルフ・カバーなども収録され、デビューからのナノの歩みを確認する作品でもある。ベストへの想い、改めてナノとその音楽の関係性について、話を訊いた。

-初のベスト・アルバムのリリースが決定しましたが、ナノさんの実感としては、デビューをしてついにここまできたなという思いですか。

考えてみると、デビューしてから自分がベスト・アルバムをいつか出すという想定を一切したこともなかったし、そういう考えがなかったので。正直言って、最初にベストのお話をもらったときに、やりたいかどうかわからなかったんです。自分の中で"ベスト"というものがどういう意味合いのあるものなのか、まずそこから始まるので。ベストって単純に言えば、普通のアルバムとは違って、何かの区切りとかになる作品だと思うので、自分の人生の中で、ミュージシャンとして区切りをつけていいタイミングなのかどうかもあったし。そこに自分が向き合える精神でいるのかが大事だなって思っていたので、最初はちょっと抵抗がありました。

-そうだったんですね。

ただ、2019年という年が──これは自然とだったんですけど、ものすごく自分にとって区切りに繋がるような出来事が多くあったんです。新しいことをやりたいという気持ちがすごく湧いてきた1年でもあるし。あとは、どこかで今までの自分をちょっと変えてみたいという気持ちが出てきたりとかして、ライヴに関しても、次から次に新たなライヴに挑戦するような1年にもなったので。

-ナノさんとしてはかなり珍しく、対バンでのライヴも多くありましたよね。

そうなんですよ。ずっと昔にコラボをした縁があってマイファス(MY FIRST STORY)とは1回対バンをやったんですけど、それ以降は全然なかったんですよね。あとは単純に、今まではいろんな現場に行って、いろんな人と関わることが本当にない活動期間だったんです。むしろあえて、クローズドな活動だったので。だから昨年は、最初のうちはすごく不安もありましたね。

-対バン・ライヴについては、誘われることが増えたんですか。

ほとんどがお誘いでしたね。まだ自分のほうから誘うには、自信も十分になかったし、果たして自分が誘えるような立場であるかと言ったら、まだそういう気持ちでもなくて。でも逆に言うと、きっかけを与えてもらわなかったら、自分で挑戦しようと思わなかったかもしれないし。自分は社交的なわけではないんですけど(笑)、昨年はいろんなところから声を掛けてもらって、こんな自分でも誘ってもらえるんだなって、感動に満ちた1年でしたね。

-普段はワンマンでのライヴ、あるいはアニメ系のフェスとか、ホームな現場ですよね。対バンやツーマンでのライヴは、それとはまた違う感覚ですか。

想像すると、対バン=アウェイな現場で、もちろんアーティスト対アーティストっていうふうにも捉えられるんですけど。自分はどちらかというとファンたちのほうが居心地悪いのではないかとか、そっちが心配になっちゃったんです。自分は別にどうとでもなるというか、逆に言えば自分はいろんな人とライヴをやってみたい願望があるんですけど。でもアーティストのファンって、そのアーティストが一番であるっていう気持ちだと思うので。小さな現場にぎゅっと、言うなれば違う国の人たちが集まるような感覚は、今まで自分のファンは経験がなかったと思うので、ナノのファンがそれをどう受け止めてくれるかとか、どう反応してくれるかっていうのが、ちょっと不安でした。でも自分のファンが特別そうなのかわからないんですけど、改めて思いましたね。ナノは最高のファンに恵まれているなって。

-そのライヴ自体を楽しんでいたんですね。

それが本当に楽しんでいるのか、ナノを一生懸命支えてくれるためにああいう現場で精一杯楽しもうと努力してくれていたのかはわからないですけど。ネガティヴなものがどの現場でもまったく感じられなかったので。

-お客さんにとっては新しい音楽に出会う機会にもなりそうですが。ナノさん自身のマインド的にはどうなんですか、最初は不安もあった感じですか。

ステージに出て最初の1、2曲はどうしてもお客さんの雰囲気を見てしまったんですけど。大丈夫かなっていう親心というか(笑)。でもそのあとは、会場の一体感で忘れていましたね。どこが自分のファンでどこが相手のファンかわからないくらい、境界線がなくなってくるんです。そこで、自分の考えが矛盾してたなっていうのに気づきました。もともとは、ワールドワイドになんの境界線もなく歌を届けたいと自分は言ってきたし、信じてもきているんですけど。そういうボーダレスな音楽を届けたいと自分が言ってきたのに、自分が一番そこを不安に思っていてどうするんだって思って。自分が境界線を引いてしまったら、お客さんだって境界線を感じるし。自分自身がこのライヴハウスをひとつのものとして見ないと、お客さんだってそれを感じてくれないだろうなって。それこそが自分が本当にルーツというか、もとから思っていたことなんですよね。

-2019年は、音楽的な発信の原点に立ち帰らされた年だったんですね。

いろんな意味での原点を思い出すというか。そういう意味でのベストに繋がる前の1年間だったのかなというのは思いました。

-他にも2019年はいろんなトピックがあったんですね。全世界/全楽曲のストリーミングもスタートしたりして。

自分が目指していたことがひとつひとつ、叶っていた年でもありましたね。もちろんいろんな企業の事情もありますので、ストリーミングがなかなかすぐにはできなかったんですけど。海外のファンからの声がここ数年は多くて。やっぱりCD自体は、なかなか海外では手に入れづらいので、SNSでストリーミングをしてほしいというリプライが定期的にきていたんです。そこはいつか応えたいという願望があったので、デビューして7年目でようやく、という気持ちがありました。

-そう考えると、2019年はライヴの活動にしても曲を発信するうえでも、外に出た1年でしたね。

そうですね、自分の殻を破って。そこよりもひとつ先に行った1年になったなと思います。

-ベスト・アルバムはいいタイミングですね。わたしはてっきり、2010年が、ナノさんが自分で動画の投稿をし始めたころだったから、そこで考えると始動から10年くらいの年なんだなって思っていて。その区切りの意味もあるのかなって思っていました。

あぁ、そうですね。デビューしてからは8年ですけど、実際に自分で表に出ようと初めて扉を開けたのが、2010年なので。そういう意味では、ちょうど10年目でこのベストが出ることになるんですね。そこは考えていなかったので、今、鳥肌が立ちました(笑)。

-でもその当時って、どういう気持ちで動画を投稿していたんですか。

これは悪い意味ではないんですけど、常に不安との闘いできたかもしれないですね。新しいことをやるときは、常に答えがわからないというか、どうなるかの結果もわからないので。動画を投稿し始めた頃はそれがデビューに繋がるというのも、まったくわからずにやっていたし、果たしてこれがウケるのかっていう不安もあったし、無駄になるのではないかという気持ちもあって。これはきっと、動画投稿者は考えると思うんです。自分の実力で人の興味を得なきゃいけないので、不安だし、自分の力に自信を持てないときもありますしね。なかなか望んでいるような結果が出なくて、もどかしくてイライラすることもたくさんありました。なんて言うか、自分の望むものとは違う、中途半端な自分だなって感じてしまうことがあって。"もっとできるはずなのに、でも何をしたらいいかわからない。そのあと一歩って、なんなんだろう"っていう。そことの闘いでずっときている気がします。

-未だにそれはある?

あります。きっと他人から見たら、例えば軍艦島でMVを撮るとか(2014年公開の「Rock on.」ミュージック・ビデオ)、いろいろなことやってるじゃんとかあると思うんです。それはもちろん素晴らしいことで、自分にしかできていない、それも二度と軍艦島でMVを撮るなんてできないような歴史的なこともやっているんですけど。もっと、自分自身のことに対しては中途半端だなって思うんです。まだまだできるはずなのにとか、もっともっと上にいきたいっていう。今まで一度も自分に満足したことがないですね。