INTERVIEW
ナノ
2020.03.13UPDATE
2020年03月号掲載
Interviewer:吉羽 さおり
-いろんなところで大事になっている境界線をなくすというのは、もともとナノさんの中でなぜ大きなものとして存在しているのでしょう。
人間って何かすごく望んでいるものがあるとき、それに魅力を感じるということは、それに飢えているからだと思うんですよ。それが満ちていて、十分にあったら魅力を感じないと思うんです。どこかでコンプレックスを感じたり、それと葛藤してきたりしたからこそ、乗り越えたいと思うんじゃないかなって。自分はやっぱり、アメリカで生まれ育って──普通考えたら、それってすごくボーダレスなことだし、そういう環境だと思われると思うんですが。
-そうですね。
これはあまり自分では言ってこなかったですけど、自分が子供だった当時は、そこまで世界はボーダレスではなかったんです。まだ差別もあったし、育った場所がアメリカの中でもそんなにいろんな人種がいるような環境ではなくて。東洋人はほとんどいなかったですしね。自分はマイノリティで、まったく自分に自信がない子で。常に自分はアメリカ人になりたいとか、アメリカ人でなきゃかっこ悪いとか、自分がかっこ悪いと思って育ってしまって。こんな悔しさやつらさがなかったらいいのにっていう思いは、ちょっと怒りに近いものだったんです。その怒りみたいなものが、自分の原動力になっていて、プラスのエネルギーに変わったんだなって、今は思います。
-時代とともに、段々とボーダレスになっている、境界線はなくなってきているなという思いはありますか。
そうですね。でもそういう恵まれた環境でなくて良かったなと、今は思いますけどね。2020年の今で自分が子供だったら、もっと楽だったと思うんです。東洋人だからって差別があるとか、いじめがあるとか、そういうことはだいぶ減っていると思うんですよね。今だったら楽だろうなと苦笑いしながら、世の中を見ていますけど。当時は、和食なんて食べていたら、くっさ! とか言われたりしましたけど、今はむしろ、食べてたら超流行みたいな感じで(笑)。まさかそんな時代がくるとは、小さい頃は思っていなかったですね。
-そういう経験はめちゃくちゃハングリーになりますよね。
まだまだ差別はあると思うんです。でもあのときよりはマシだっていう現実は、すごく嬉しく思いますね。あぁ良かったって、自分のことのように思う。
-それは日本に来ても、境界線、何か線引きされている感じはあったんですか。
そうですね。普通なら日本に来たら、インターナショナル・スクールとかに行くと思うんですけど、普通の公立校に入っちゃったので。今で考えればバカだったなと思うんですけど(笑)。公立の中でもまったく帰国子女がいないような学校に入ってしまったので、逆に向こうが困ってしまったというか。
-ナノさんとどう接していいかわからなかったんでしょうね。
何このエイリアンっていう感じだったと思うんです。それは仕方ないですよね、こういうタイプの人間に免疫がないので、どう接していいかわからない。しかも思春期の子供たちだから、今度は無意識の差別のようになってしまって。アメリカでは意識的に差別があったけど、日本に来てからは無意識に差別をされている気持ちになってしまったんです。みんな、放っておいたほうがいいのかなって気を使ってくれたのかもしれないし。日本に来てからは、孤独というものをより感じたかもしれないですね。
-怒りとはまた違って、なかなかその孤独感を発散するって難しいですね。
だから日本に来てから、余計に音楽にのめり込みました。それしかなかったので。孤独だから、その孤独をごまかすために、ずっとイヤホンをしていたし。それがまた逆に、不良くさいみたいな感じになるというか(笑)。アメリカ育ちだから、別に不良ではないんだけど、服装とかもロックだったし、髪も染めていたので、"あいつ怖い"って、きっと周りに思われていただろうなっていう(笑)。そういうのが恥ずかしいのもあるから、自分は全然孤独じゃないよとか、寂しくないよみたいな振る舞いをしていたし。常にイヤホンをして音楽ばかり聴いていて、みんなにはイヤホンの中で流れているのはラップとかロックなんだろうなって思われていたと思うんですけど、すっごく孤独だから寂しい曲を聴いてました。自分を癒すようにスピッツを聴いていたりとかして。
-アメリカにいたときのメラメラとした怒りと、日本に戻ったときの孤独というのは、ナノさんの音楽にはいろんな形で反映されていそうです。
アウトプットするにはいろんな感情やいろんな材料が必要だから、自分が作詞をする運命になるという意味では、必要な体験や経験、苦しみだったなと今は思いますね。なんだかんだ言って大人になれば、自然と乗り越えていくものはいっぱいあるので。これからも苦しむことを恐れないで、苦しんでいきたいなって思うし。
-これまでの歌になった言葉たちは、自分の経験値というのが大きい。
そうですね。もともとバトル作品のアニメの曲を手掛けることが多かったので、葛藤しているとか、"ぶち壊す!"っていう自分の歌詞は、作品のせいだと思っていたんです(笑)。でも、今考えるとやっぱりあれだけ闘っていたし、怒りも孤独もあったから、それしか歌詞にできないよなって。ただ、今もバトル系のアニメの歌詞を書いてほしいというのはありますけど、「KEMURIKUSA」ではそれに限界を感じてしまったんです。「KEMURIKUSA」のときに、自分はそんなに心の中に怒りがないなって思っちゃったんですよ。次にいきたいなって。だから「KEMURIKUSA」は、自分の中で区切りになった曲かもしれないです。このベストの先の作品を作っていくとなったら、もうちょっと違うテイストになっていくんだろうなって思いますね。
-何かわだかまっていたようなものが溶けた感じがあったんでしょうね。
そうですね。それが偶然、ベストのタイミングにも合ったなって。
-そう考えると、流れって大事なんだなって。
人生って、ちゃんと流れに沿っているんだなって思いますね。
-今作には新曲「INSIDE MY CORE」も収録されますが、まさに今聞いてきたような話が詰まっているなと思いました。
そうですね。まさに魂の中っていう気持ちで。ようやく自分のいろんな皮が剥けてきて、いろいろぶち壊されてきて、自分自身がやっと自分の魂に届いたというか。闘っている歌詞をいろいろ書いていくにつれて、どんどん自分の中心に行けたなって。曲は作品ではあるんだけど、自分自身のためのものでもあったんだなと思いました。一曲一曲こうしてベストとして集めてみると、全部パーソナルなんですよね。作品のために作ったものだけど、それ全部が自分の身体の一部だなって思います。
-今回はシングル、表題曲が中心のベスト・アルバムですが、ナノさんのアルバムにはいろんなタイプの曲もあるので、また違った側面でのナノさんのベストもありだなとは思いました。
これは裏話になりますけど、タイトルに込めた思いがあって。もしかしたら今後二度とベストなんて出さないぞっていう気持ちの人もいるかもしれないですけど、自分ではこれからもずっと音楽をやっていきたいと決めているし、今回こうしてベストにたどり着けたんだっていう実感と嬉しさがあるんです。だから10年後、2枚目のベストが出せることを次の目標にしようって自分で決めて。このタイトル"I"は、ナノ自身であるという"I"であり、ファーストの意味の"I"でもあるんです。あとはもちろん、ファンに対しての愛情の"愛=I"でもありますしね。