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INTERVIEW

BRAHMAN

2021.09.21UPDATE

2021年09月号掲載

BRAHMAN

Member:TOSHI-LOW(Vo)

Interviewer:石角 友香

昨年9月、THA BLUE HERBのILL-BOSSTINOとのコラボで話題になった『CLUSTER BLASTER / BACK TO LIFE』以来となるシングル『Slow Dance』をリリース。本作は先日行われたコロナ禍において初の有観客ライヴとなったZeppツアー"Tour 2021 -Slow Dance-"と連動したコンセプチュアルな作品だ。単にじっくり聴かせる静のサイドというだけでなく、BRAHMANの音楽性の幅と更新された演奏を証明し、実験的な演出も効果的だったツアーと、その先を示唆する新曲「Slow Dance」が分かちがたく結びついた作品だ。ここに至る2021年晩夏のTOSHI-LOWの肉声を届けよう。

-TOSHI-LOWさん、"フジロック"("FUJI ROCK FESTIVAL '21")はいかがでしたか?

快適だった、人が少なくて。毎年あのぐらいならいいなと(笑)。

-出演自体に葛藤してる人もいましたが、そこは?

俺らはやるならやるし、やれないならやらないってスタイルなので。それは、責任を捨ててるわけじゃなくて、もともとステージがあれば俺らはやるし、やるって方向で100パーセント動いて、その中でやれないってことがあればやらないっていうだけで、それは一貫していて。別にコロナ禍においてとかではなくて、自分のアーティストとしてのそのままのスタイル。そもそも、そこの判断に迷うようなところには出なきゃいいと思うし。やっぱり、出してもらうってことはこっちも預けることになるわけだから。

-ぶっちゃけ快適だったんですよね。

うん。毎年あれがいい。倍のお金をとってあれぐらいでやってくんねぇかな(笑)。でももう、コロナ明けの中で動くこととかって、すごくお金もかかるし実際の肉体が動くリスクもあるし、そこでしか見られないプライスレスなものというのは確実に高くなっていく気はする。それをなるべく安価でみんなに来てもらおうってやり方ではフェスとかイベントは成り立たないと思うし。そういうものに時間と労力とお金を払って楽しみを買う人がいて、逆にネットの中でそれが全部手に入ると思い込んでる人がいても、別にそれでもいいかなと思ってる。

-二極化するというか、そもそもそれぐらいお金のかかるものだったんでしょうね。

"フジロック"なんて本来バカバカしいものじゃん。行って疲れて、雨に濡れて、大変だ大変だって言って。でも、帰ってきたらもう1回行きたいなとか楽しいなとか、肉体に残ってる楽しさのほうが勝っちゃうっていう。疲れとか、それが結局削り取られることじゃなくて、また自分の経験としての物事の価値観を肉体的なものが生み出す、新しい自分が欲するものがやっぱり体験なんだなっていう人は何回も行くだろうし。1回でも"フジロック"に行ったことのある人生と、行ったことのない人生って大きく違うと思ってる。

-今回の"フジロック"はOAUでの出演でしたが、BRAHMANの「Slow Dance」に関する一連の動き、特にライヴのスタイルがROVOのコロナ禍になってからのベクトルとリンクするなと思って。

そうなんだ。俺はちょっと拝見してなくて。

-今まではトランス状態になって、身体ぶつけ合っていたけど、それが暴れないで、酒を飲まないでってライヴになり、勝井(祐二/Vn)さんはそれを"新しいクオリティ"って呼んでいて。BRAHMANの場合は恒常的にこのスタイルではないと思うんですが、そもそも"Slow Dance"というライヴの形態はバンドの中でいつ頃どういうふうに出てきたものなんですか?

一番初めは、"アラバキ"("ARABAKI ROCK FEST.")にBRAHMANで出てほしいと言われたときに、いろんな規制があるので、その枠の中でできることを考えてほしいと言われて。そうなると、どうしても自分たちは激しいほうの割合が大きいから(出演を)断ろうと思ったんだけど、"どうしても、どうしても"と。じゃあ、その中でやるんだったら、ROVOの方じゃないけど、モッシュ、ダイヴって肉体的なぶつかり合いを生まないライヴの仕方、そういうことが起きない曲を選べばいいのかってまず思って。新しく作り出すんではなくて、既存のものから選んでいったら、意外と埋めるほどあって。で、それだけでやってみることもいいかなと思ったんだけど、それは俺たちがいいと思ってるだけでたぶん観に来た人たちは物足りなさを感じたりして、"そういうんじゃなくね? お前ら"みたいな意見で埋まるだろうなっていう、公開処刑みたいなのを予測して"アラバキ"に行こうと思ってた。"アラバキ"はなくなったけど、初めはそういう感じ。

-でもコロナ禍で距離を守ったうえでその場所で好きなようにしていいよってバンドもいますね。

俺、それはあんまり好きじゃなくて。というのも、俺たちはいつもの通りやるぜ、でもみんなは声出さないでねって、いつものように煽るような音楽をやっといてお前らはダメ、みたいな感じがするから。だったら同じ土俵がいいなと思って。

-最初が"アラバキ"だったらいろいろ言う人はいたかもしれないですね。ワンマンじゃないし。

そう思う。完全に負け戦。ヴィジョンや演出も使えないだろうし。いつもだったら自分たちの副菜みたいな静かなほうだけをメインにするっていうのは、ステーキ屋で肉なしでインゲンとポテトとにんじんの副添のやつだけで勝負する感じだったんじゃないかな。

-"Slow Dance"は現場で観れてなくて映像だけなんですが、お客さんの表情がすごかったなと思って。

ステージ内は紗幕で見えないから、集中せざるを得ない。1個の感覚を塞がれてる状態なので、たぶん、じっと見ないと何が始まったのかもわかんないだろうし。でもライヴってそのぐらいの緊張感はあっていいと常々思ってたので、別に俺らみたいななんでもない普通のおっさんがやってるだけじゃんっていうのがあっても、ライヴが始まる瞬間はステージとそうじゃないところの緊張感はあっていいものだと思ってるから、なんかああいう一瞬寒くなるようなものがあっていいかなって。

-言わば不可避的な状況ではあるけど、選曲のテーマはできたわけですよね。お客さんが暴れたくなるような曲ではなく。でも、じっくり聴いてもらうだけでもなかったのかなと。選曲理由として。

ほんとにすごいもの見たときってポカンとするじゃん。でもほんとにすごいものを見て暴れだす人もいるし、その熱量の大きさはどっちも同じだと思ってて。それをどっちかというとポカンのほうに乗っけりゃあ、規制を守る、守んないじゃなくて、その通りに楽しめば今のそのスタンダードに乗っかる。それを俺らがやるべきじゃないかと。だからさっきの反対のもの? 熱いことを言っといて、でも"動くなよ"なんて、お笑いの振りじゃないんだから。"飛ぶなよ飛ぶなよ"みたいな、ギャグに見えてるというか。なんかやりたいことと違うなと。

-映像で観たからこそわかる演出もあって。「霹靂」で紗幕が開いていく雨の映像は、映像作品としても見応えがありました。

たぶん、肉体があるものは映像にしても面白いと思う。ただ映像だけを作ってしまったら面白くないけど。バンドもそうじゃん。だったらずっと2次元でいいわけであって。

-まぁしかし、生身のバンドというか、不器用なまでに4人だけの音なんだなと改めて思いました。

あぁ、そうだね。自分たちしかいないから器用か不器用かもわからないんだよね(笑)。比べてないし、俺たち、一番初めにやったときからビリで一番なんだなと思ってるから。音楽的にもジャンル的にも、もちろん当時はシーンとか年代的なものはあったけれども、じゃあそれのグループに同じようなものがあったか? というと、いい意味で唯一無二みたいな部分もあるだろうし、逆に言えば孤立してた部分もあるし。だから比べなかった良さがずっとある、何者にもなりたかったけど、なれなかったっていう反面の、自分たちの中途半端な強さみたいなところもあるだろうから。

-それが改めて演奏をしっかり聴くとか、歌を聴くライヴだったので際立ったと思います。ライヴの現場であんなに真剣に聴くのはすごい体験だったんじゃないかと。

自分たちのライヴは普段1回のショーで、おっきな1曲みたいな感じで考えてるんだけど、今回ばっかりは一曲一曲がどうプレイリスト化していくか? みたいな感じで自分たちも考えてやってた。もともと、一曲一曲はすごく時間をかけて作ってたりするの。何回もライヴでやったり、"やっぱ違う"つって、歌詞書き直したりとか。下手すりゃCDに入れたあともずっと変えてる曲とかもあるし。で、15年ぐらい経って"あ、やっとできた!"とか。だから俺らはずっと同じおもちゃで遊んでる感じで、しかもそれが壊れなかったっていうのは、結局強さだったんだなっていうか。ホントはもっと新しいものをどんどん作って、量産して売っていけば、アルバムももっとたくさんできるだろうし、いわゆる音楽の商業のサイクルの中ではそっちのほうが生み出すものはおっきいと思う。でも俺らみたいに自分たちが生み出したそのときはできなかったけど、15年、20年ひもといて、やっと歌えるとか、やっと今回できたねっていう、そういうのも、むちゃくちゃ亀だけど、亀は亀なりの強さがあるんだなと。

-昔できなかったことができたりするのは4人だけの演奏だからこそ、よりわかるというか。

RONZI(Dr)がパソコン操作し出したりしたら、また違うことになるけど。

-(笑)それはそれで驚愕ですけど。

まぁ、なってもいいときはいいと思うんだけど。それを否定してるわけじゃなくて、俺たちのやりたいことはそこじゃなかったから、現代の技術に頼らないことによって自分たちのゆっくりとした成長に気づくというか、何ができて何ができてないかもわかるし、できてないけどやりたいことは、もう1回練習してやろうよっつって。もう齢50手前になってもみんな一生懸命練習してるのとか見ると、なんかすげぇチームとして自分の励みにもなるし、やっぱりこのバンドで歌ってることが、一番の目的なんだなという気がするというか。

-演出が効果的だったんですけど、演出家の方はいるんですか?

いないよ。俺の頭の中にあるパーツを伝えて、映像をやる人たちがそれを"こういうものじゃないか"ってことだけでやってるから、演出家とか舞台の人はいない状態。だからたぶん生々しさもあるし。普通バンドがああいうことをやると嫌な意味での演劇的なものによってしまうというか、でもそういうものはないと思うんだよね。バンドの肉体といきなり映像が真横にある、みたいな。

-セットリストも起伏があるというか。序盤、BRAHMANの民族性とかプリミティヴな楽曲が続きながら、じっくり聴ける曲の中にも開かれた曲もたくさんあるし、緩急があるなと思いながら見てました。

うん。自分たちに多様性があったんだなって改めて気づいたかな。