MENU

激ロック | ラウドロック ポータルサイト

INTERVIEW

GREY DAZE

2020.06.24UPDATE

2020年06月号掲載

GREY DAZE

メンバー:Sean Dowdell(Dr)

インタビュアー:山本 真由

2000年代のラウドロックを象徴するバンドのひとつでもある、LINKIN PARK。そのカリスマ・ヴォーカリストとしてシーンに圧倒的存在感を示し、2017年7月に惜しくもこの世を去ったChester Benningtonが、音楽キャリアをスタートさせたバンド、それがこのGREY DAZEだ。10代から20代前半の多感な時期に地元の親友たちと組んでいた、彼の原点とも言えるこのバンドの復活計画は、実は彼の生前から進められていたものだった。LINKIN PARKとして様々な音楽性を模索し、STONE TEMPLE PILOTSの2代目フロントマンとしてもロック・スターの輝きを見せたChesterが、実は"自分の"ロック・バンドを最後の最後まで求めていたということは、多くのファンにとっては少し驚きかもしれない。そして今作は、そんなChesterの願いを叶えるべく、当時のバンド・メンバーや仲間のミュージシャンたちが立ち上がり、そして彼の家族の支えによって、見事に完成した。今回のインタビューでは、Chesterの親友であり兄のような存在であり、またビジネス・パートナーでもあったSean Dowdellに、この奇跡のアルバムがどのようにして生まれたのか、そして私たちの知らなかったChester Benningtonの新たな一面について教えてもらった。

-まずは、GREY DAZEのアルバム『Amends』の完成、おめでとうございます。そして、このような作品を共有してくださり、ありがとうございます。

正直に言うと、肩の荷が下りた感じだよ。3年も取り掛かっていたし、Chester(Bennington)のヴォーカル以外すべて1からやり直したわけだから、その責任感と音のクオリティを最高のものにするのに非常に神経を使った。でも楽しい作業だったし、Chesterへのオマージュにもなって自分としては満足しているよ。

-GREY DAZE再結成の計画は、Chester Benningtonが亡くなる数ヶ月前の2017年2月ごろから本格的に動き出していたようですが、それ以前からあなたとChesterはこの計画について話していたのでしょうか?

何度も話し合っていた。2007年に一度計画し、何度もやろうって話し合って、ツアーにも一緒に出ているんだ。2回目のツアーのときに本格的に取り組む方向が決まって、その準備を始めていたんだ。

-Chester以外のGREY DAZEのメンバーと、メンバー個々のこれまでの活動について、簡単に紹介していただけますか?

Mace(Beyers/Ba)はずっと音楽活動を続けていて、ロサンゼルスでライヴをやったり、Diana's Roadsというシンガーと共に音楽を作ったりしていた。Cristin(Davis/Gt)も様々なバンドで活動していて、俺は知っているだろうけど、Chesterと一緒にビジネスをしていて、その経営で忙しく飛び回っていた。具体的に言うと、"Club Tattoo"というラグジュアリー・タトゥー・サロンをアリゾナとラスベガスで7店舗展開していて、130人の社員を抱えているんだ。だから俺は、Chesterといくつかのサイド・プロジェクトでプレイして、たまに1回限りのライヴをやったりしていたけど、自分のビジネスのほうがフルタイムで、音楽はただの趣味になっていたんだ。もちろん情熱を注げるものだったけど。最終的にはこの4人でGREY DAZEを再結成する予定だったよ。

-Chesterが亡くなってしまったことで、一度計画が停滞したときに、Chesterの家族の大きな手助けがあったようですが、実際には彼らとどのようなコミュニケーションがあったのでしょうか。

Chesterが亡くなったとき、まだ奥さんのTalindaと友達だったし、ビジネス・パートナーでもあった。俺は飛行機でロサンゼルスに行き、葬式まで10日間、葬儀の手配からすべて手伝った。Chesterの家族とはとても親しくて、家族の一員のようだったから。葬式が終わると、アリゾナに戻り、毎日何かが心を痛めていた。毎朝目を覚ますと、"このバンドの音楽を作り終えないといけない"って心の声が聞こえていた。ある朝、目を覚ましたときに妻に"このアルバムを完成させたい"と話して、バンドの連中に連絡してアルバムを完成させる意向を伝えた。みんなが"どうやってやるんだ?"って言ってきたけど、自分の考えを伝えて、それで彼らが納得して"完成させたい"って同意してくれた。すぐにロサンゼルスに飛んで、Talindaとランチをしながら、俺の考えを話した。アルバムを完成させたい、もともとChesterと決めたように、トラックをやり直して、Chesterのヴォーカルはそのまま使いつつ美しい音楽を作りたい、と。彼女は"Seanのことは心から信頼しているし、Chesterが恥をかくようなことは絶対しない。絶対にいい作品にしてくれると信じているから、応援する"と言ってくれた。彼女が支持してくれるとわかると、今度はChesterの両親に連絡して、自分の意図を伝えた。彼らも俺をとても愛してくれていて非常に支えてくれているので、そのあとは突き進むことができた。彼らもアルバムが完成することを本当に喜んでくれたよ。

-GREY DAZEの音楽性は、90年代当時のポスト・グランジやオルタナティヴ・ロックの流れを汲むものですが、あなた方の作り出したサウンドは今聴いてもとても新鮮で、10代の子供たちが作っているとは思えないほど、奥深くクオリティの高いものでした。もちろん、今作はリレコーディングですが、曲そのもののパワーにも驚かされました。ご自身では、完成した作品を聴いて、どのような感想を持ちましたか?

この時点に辿り着くまで2年半以上かかったことを一応頭に入れといてほしい。楽な道のりではなかった。まず全楽曲を集めて、音楽をすべて取り除いて、残っていたChesterのヴォーカルだけにした。それをもとに音楽を作り直したんだけど、これほどうまくいったのもChesterのヴォーカルがあまりにも良かったからなんだ。それがそもそも作り直したかった理由だったし。ヴォーカルだけ残して、音楽を全部消して、アレンジメントをしてから曲作りを新たにすることで現代の音楽になり、今現在の音楽要素を取り入れることができた。各楽曲の誠実さと激しさはそのまま保つことができたけど、Chesterのヴォーカル・パフォーマンスがなかったらこれは不可能だったよ。彼は素晴らしいヴォーカルを残してくれたんだ。そのマスター・テープが今でも手元にあったことが奇跡だった。

-アルバムを作るにあたって、他のヴォーカリストに助けてもらうわけではなく、ヴォーカル・パートは過去のマスター・テープを使用するという選択肢を選んだということですが、マスター・テープの状態などによりアルバムに入れることを断念した楽曲はあったのでしょうか? また、今作に収録する楽曲はどのように選択されたのですか?

彼のヴォーカルを入れるのは簡単な作業だった。すでに2インチ・テープにレコーディングされていたし、当時すごく高価なマイクロフォンを使ってレコーディングしていたんだ。一番難しくて苦労した部分は、現代の音を取り入れて新たに曲作りをしつつ、オリジナル曲の誠実な思いや意図を失わないことだった。バンド・メンバーと一緒にどの楽曲を入れるか決めて、17曲作り直して、その中から11曲を選んで今回の『Amends』に入れた。それが最後の作業だったんだけど、今回のアルバムに6曲含まれなかったのは、途中でこのアルバムに"テーマ"があることに気づいたからなんだ。そのテーマは"悲しみ、嘆き、暗さ、感情の起伏、エモーショナル"だった。この感情がない楽曲は次のアルバムに回そうと決めたんだ。

-ということは、次のアルバムも出るということですか?

それについての答えは"イエス"だよ(笑)。よく気づいたね。まずこのアルバムの反応を見て、どのような反響があるか見て、自分たちの期待通りの結果が出たら、もちろんこの次の"続き"をリリースしたい。1~2年くらいかけて制作したいと思っているけれど、マテリアルは揃っているので可能だよ。特別な曲がまた作れる。

-マテリアルと言っても、かなりの量があるはずですよね?

あるよ。あと3枚分くらいはある。

-先ほど、苦労したことについて聞いたように、こうしたマテリアルを良質なクオリティで今の音楽と合わせる難しさみたいなものはありましたか?

難しくはなかったよ。マスターはずっと冷暗所で保管していたし、いい機材でレコーディングされていた。文字通りヴォーカル・トラックしか使わなかったから、あとは全部新しく作ってレコーディングしている。アレンジメントも変えたし、誰も聴いてないヴォーカル・トラックを使うようにした。もともとレコーディングしたとき、Chesterはどの曲でも3、4、5テイクやっていたからマテリアルはいっぱいあって、別のメロディ・ラインとか歌詞とかフレーズとか、あらゆるバージョンがあるんだ。制作はChesterがまだ生きているころから始めたから、3曲は彼が生きているうちにできていた。だからこそ、このアルバムを完成させたかったんだ。スタートから完成まで3年以上はかかっているね。本当は2017年にアルバムをリリースする予定だったけど、それができなかったから今になったんだ。

-収録曲の中でも「What's In The Eye」は、若くして事故で亡くなった友人を想って作られた楽曲とのことですが、今聴くとChesterを想うファンの心そのもののような楽曲となっています。GREY DAZEが活動していた当時は、この楽曲も含めどのように楽曲制作は行われていたのでしょうか?

どの曲も異なった制作スタイルだったよ。時々ジャムして新しいリフが浮かんだり、誰かが考えてきて、みんなでそこから作り上げたり、様々だね。歌詞はChesterと俺がすべて作詞していた。時々俺が全部作って彼が手を入れたり、彼が作ってきてふたりで直していったり、一緒に作ったりもしていた。メキシコでトラックの荷台で一緒に考えて30分で作った曲もあったね。曲作りはすごく相性が良かったと思うよ。