LIVE REPORT
ヒッチコック
2024.08.15 @目黒鹿鳴館
Writer :長澤 智典 Photographer:小林弘輔
3rdミニ・アルバム『サリドマイド』を手に、6月よりスタートした"ヒッチコック『サリドマイド』発売記念ワンマンツアー『帝王切開』"。同ツアーのファイナル公演が、8月15日に目黒鹿鳴館で行われた。この日は、3時間にわたり、ヒッチコックの持ち歌全37曲を披露した。
開演を告げるブザー音が鳴り響くのと同時に、ステージを覆っていた幕がゆっくりと開き出した。現れたのは、舞台の上に凛とした姿で立つメンバーたち。もの悲しいピアノの音色と心音が重なり合う「SE『受精』」に乗せ、舞台の上で縮こまっていた八咫 烏(Vo)が、身悶え、うめきながら立ち上がる。その姿は、望まれぬ存在として生を受けたことを嘆くように見えた。
溜まっていた膿を出すように、ジクジクとした"心の傷"を抉っては楽曲にしてゆくヒッチコック。この日のライヴも、世間から阻害されながらも自らの生きる理由を主張する姿を見せ、その叫びに共鳴する仲間たちに、様々な人生模様を綴った物語を語るように進めた。
重い音を響かせる「カルテ1『身体醜形障害』」に乗せ、呻き、苦しむように歌う烏。対して、他のメンバーは微動だにせず黙々と演奏。攻撃的な演奏で会場中を髪を振り乱す人たちで埋めつくした「カルテ2『サリド×マイド』」では、望まずに生まれる赤子を、それでも慈しむようにパフォーマンスしながら烏は歌っていた。「『おおかみと赤ずきんちゃん』」や「『指』」でも、烏と観客たちが、荒ぶる感情を剥き出しにし、互いに挑むように沸き立つ思いをぶつけ合う。共に熱狂の翼を羽ばたかせ大きく飛び跳ね続けた「『天使』」と、興奮は止まない。
「『DEEP UNDER』」では、心の内に渦巻く痛い感情を抉り出すように歌う烏に向け、声を荒げ、フロアのあちこちで真っ赤なペンライトを振る人たちが誕生。その様を見て、楽器陣も舞台の最前まで踊り出て煽っていた。荒々しい演奏に乗せ、オーディエンスがヘドバンや折り畳みをし続けた「気狂い」。そして......。
切々としたピアノの音と共に、お立ち台変わりの机に座った烏が"珈琲を2つください"と語り、澄み渡る「カルテ4『失楽園病』」の演奏に乗せ、甘く妖艶な歌を響かせた。一言一言に深い愛を込めてバラードの「『マザーアース』」を歌い奏で、「スタンリーホテルと白い毛の猫」でも"此処にいるよ"と歌唱。穴の空いた心を満たそうと愛を求める姿に、胸がギュッと締めつけられた。
重厚且つ跳ねた演奏に乗せ、演奏陣も観客たちも取り憑かれたように無心で頭を振り乱し続けた「『バク』」や「『悪魔』」。「カルテ3『錯乱病』」では、演奏が始まるのを合図にフロアはモッシュ。誰もが現実を消し去り、身体が求めるまま錯乱したように暴れ騒いでいた。続く「『口裂女』」でも、狂気を抱いた演奏と烏の絶叫に合わせ、会場中の人たちがその場で高く跳ねる。
"君が僕を見つけてくれて......"とおどろおどろしい声で語る烏に合わせ、真っ赤なペンライトが揺れ出した。荒ぶる演奏に乗せ、胸の内でうごめく感情を吐き散らすように叫び、机の上をのたうち回る烏。続く「『親指探し』」でも、今にもフロアへ落ちそうな勢いで身を乗り出し、張り裂けんばかりの声を上げれば、その姿を楽器陣がさらに際立てるように演奏。ヒッチコックのライヴは、常に理性のストッパーを壊して叫び狂う烏の姿を煽るところに面白さがある。だからオーディエンスも、赤いペンライトを握った両手を頭上高く掲げ、祈るように降り続けた「『赤いクレヨン』」や「『蠅』」で、メンバーへひれ伏す様を見せる。興奮を生み出す常軌を逸したコンダクターとなった烏を筆頭とするメンバーたちは、「『蝙蝠』」や「『鼠』」でカオスな音を炸裂させ、「カルテ5『バイ菌』」では激烈な音の刃で身体中を突き刺して感情をかき回し、会場から理性をどんどん奪い取っていった。
奈落へ叩き落とすような破壊的な様で迫った「『キメイラ』」や「『蟻。』」。"惨劇は繰り返される"の言葉から切り裂くような音を突きつけた「【匿名:JACK】」。「『高速ばばあ』」では、冒頭から左右に猛ダッシュさせ、曲中にヘドバン、折り畳み、スクワットを盛り込み聴き手の体力をどんどん奪い去る。"泣いて泣いて泣き崩れ"と心が壊れそうな声で歌い上げた後、"頭よこせー!"の声を合図に、聴き手と魂と魂をぶつけ合った「『メサイア』」。激しく攻めるだけがライヴではない。「シザーハンズ」では、胸を揺さぶるドラマチックな物語を一人一人の胸に焼き付けた。
烏がマイクのコードを自らの首に巻きつけ、ギュッと締めながら歌った「『女郎蜘蛛』」。メンバーと観客たちが絶叫し続けた「『タヒ』」。オーディエンスがモッシュ、折り畳みをし、跳ねる景色を描いた「『鰐』」。「『さっちゃん』」では、机の上に乗った烏が、自分の額を机に叩きつける勢いで叫び、身をよじっていた。
乱れ狂う関係を作り出せるのも、信頼と愛で結ばれているからだ。その様を示すように「『恋のチャンス』」では、烏が"好き好き大好き"と歌うたびに、観客たちが両手でハートマークを作り、メンバーへ捧げていた。「『肉球。』」ではステージとフロアが共にイカれた猫になってじゃれ合い、「『君。』」では爆走する楽曲の上で互いに熱い感情を剝き出しにして激しく求める。闇の世界へ引きずり込まれ、盲目な気持ちになった「『ましら』」。突き刺すような演奏を武器に、この場をヘドバンの嵐が巻き起こるカオスな世界に染め上げた「狩られる犬」。病みと闇が覆い尽くすなか、"オイ! オイ!"と叫びながら、拳と絶叫をぶつけ合い、生きることの喜びを感じた「『涙終哥』」。最後にヒッチコックは「カルテ6『夢遊病』」を、これまでの盛り上がりを全て己の懐でギュッと抱きしめるように歌い奏でた。その姿に、誰もがじっと見入っていた。
ゆっくりと閉まる幕。白い幕の裏側から聞こえた生まれたばかりの赤子の泣き声。それは新たなヒッチコックの産声か、それとも、生まれたことを後悔する嘆きの声か......。興奮と熱狂を軸に据えながらも、その中にいろんな痛みが渦巻く感情の物語を描きながら、ヒッチコックは、今の自分たちの全てを曝け出していった。
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