INTERVIEW
ヒッチコック
2024.06.12UPDATE
2024年06月号掲載
Member:八咫 烏(Vo) 月(Gt) 光 -kou-(Gt) 宵(Ba)
Interviewer:長澤 智典
ヒッチコックが6月12日にリリースする最新ミニ・アルバム『サリドマイド』。サリドマイドとは、1950年代末から60年代初めに販売された鎮静/催眠薬のことだ。この薬を妊娠初期に服用すると、胎児に奇形を起こす事例がいくつもあったことから、当時は薬害事件として世間を騒がせていた。ミニ・アルバム『サリドマイド』に収録した曲たちに登場するのは、奇形児を流産したひとりの女性。彼女の数奇な人生の一部分を、ヒッチコックは1枚の作品にした。彼らはこの作品を通して何を伝えたかったのか......。ヒッチコックは6月中旬より、同ミニ・アルバムを手に"ヒッチコック『サリドマイド』発売記念ワンマンツアー『帝王切開』"を行う。8月15日に目黒鹿鳴館で行うツアーのファイナル公演では、その時点までの持ち曲をすべて披露する。メンバーいわく"3時間を超すライヴになりそう"とのこと。こちらも見逃せない公演になるのは間違いない。
ヒッチコックの楽曲に正常な女性は出てこないです。そもそも普通じゃ満足できない
-サリドマイドとは、1950年代末から60年代初めに販売された鎮静/催眠薬のこと。この薬を妊娠初期に服用すると、胎児に奇形を起こす事例があったことから、当時は薬害事件として世間を騒がせていました。なぜ、この題材を持ってきたのかが気になりましたが。
八咫:おっしゃったように、サリドマイド薬を服用したことで起きた悲しい事件のことを今回取り上げています。その悲しい出来事へ惹かれたことをきっかけに、主人公の女性がどういう生い立ちを持ち、どうして数奇な運命を送ったのか。そこへ至るまでのひとりの人間の物語を描き出そうと思い、この作品の制作を始めました。
宵:曲順はバラバラですけど、最初に「サリド×マイド(カルテ2『サリド×マイド』)」を作り、そこから派生する物語(収録曲)を作り上げています。
八咫:選んだ題材自体、ここ最近の中でも一番ヒッチコックらしいなと僕自身は思っています。
-作曲を手掛けたのは、光さんですよね。烏さんの意図をどのように受け止めて曲制作を始めたのでしょうか。
光:楽曲のベースにしていたのが、荒々しい曲調の中へ不安定な感情を落とし込めたらなということ。だから、あえて飛び道具的なフレーズを用いて制作しました。これは、収録した全曲に共通して言えることですけど、聴いてて不安や不安定な感情になることを狙っています。
-荒々しく始まりながらも、途中で切なく哀愁を帯びた表情に変化をするなど、「サリド×マイド」には、激しく揺れ動く感情を、変化し続ける曲の展開を通しても描き出していますよね。
光:表情の変化を鮮明に描き出そうと、あえてバンッと場面を切り替えるのは心掛けました。ただし、最初から明確に構築したのではなく、最初に自分なりに烏の提案や彼が持ってきたメロディーを解釈して、そのうえで作った音源についてふたりで話し合いながら、激しい感情の起伏やメンタル面での不安定さを曲調でも具現化した形でした。
-烏さんの中には、明確な人物像があったのでしょうか。
八咫:"この曲の主人公は、きっとこういう人だろう"くらいです。僕はいつもそうですけど、その場で感じたインスピレーションへ導かれるままに書くので、結果的にこの歌詞が生まれた形でした。
-月さんや宵さんは、「サリド×マイド」をどのように受け止めています?
月:"薬"や"病気"をコンセプトにした歌詞や楽曲が個人的には好きなので、そこへ惹かれたし、大好きな楽曲です。
宵:俺は、今回の楽曲を作る時点になって初めてサリドマイドの存在を知って、それによって起きた悲しい事件も知りました。たしかに悲しい出来事ですけど、それを知れば知るほど、"これを物語にしていくうえで、うちのヴォーカルこそが相応しい"という感じになったくらい、期待しかなかったです。実際にできあがった「サリド×マイド」も、それに紐づいた曲たちも、"こういう世界観はうちのバンドが一番表現できる"と自信を持って作っています。
-収録曲順は前後しますけど、「SE『受精』」を受け、冒頭を飾った「カルテ1『身体醜形障害』」が流れます。
八咫:『サリドマイド』に登場する主人公の女性は、本当は産み育てたかったのに、愛しい赤ちゃんが不幸な形で産まれてしまった。じゃあ、なぜその女性は、そうなってしまったのか。その生い立ちを他の曲たちに記したかったと先にも言いましたけど、その中のひとつが、"整形"を題材にした「身体醜形障害(カルテ1『身体醜形障害』)」になります。詳しい内容は、聴いた人それぞれの解釈で受け止めてください。
光:「身体醜形障害」は、だいぶゆったりとした曲調の楽曲です。ずっと揺らぐ曲調になっているのも、穏やかな中に激情する気持ちの揺れを描き表した結果として。曲調は穏やかだけど、彼女の感情自体は激しく揺らいでいる。それを楽曲で表現しています。
-「SE『受精』」と「身体醜形障害」は、ひとつの流れを持っていますよね。
光:そう。アルバムの流れを「受精(「SE『受精』)」、「身体醜形障害」、「サリド×マイド」にしたのも、「受精」の要素の伏線回収じゃないですが、「身体醜形障害」を聴くとその謎が説き明かされるように、物語をドラマチックに描くためにと、最初にきれいな流れを構築した形でした。
月:「身体醜形障害」は一番世界観を出せる楽曲。全体的にダウナーな曲調だけに、自分たちも演奏を通して負の感情を表現できたなと思ってます。
宵:ミニ・アルバム『サリドマイド』の中で「身体醜形障害」が一番好きなんですけど、その理由も、「身体醜形障害」のエンディングへ向かう展開にかなりこだわりを持って作ったから。「身体醜形障害」の終わり方が、次に流れる「サリド×マイド」へ繋がる形になっているところも、注目してほしいポイントです。ヒッチコックの音楽を聴き込んでいる人たちには特に、"なぜこういう終わり方をしたのか"、その理由を理解してもらえたらなと思っています。
-ダウナーながらも狂気を帯びた終わり方からの激しい「サリド×マイド」という展開もドラマチックですが、「カルテ2『サリド×マイド』」を受けて流れ出す「カルテ3『錯乱病』」も、かなり激しい楽曲ですよね。
八咫:タイトル通り、"錯乱"している楽曲なので......。この曲には、錯乱したが故の幸せを描き出しています。「錯乱病(カルテ3『錯乱病』)」は殺害された人の歌で、被害者は男の人。この曲だけ、唯一男性目線で歌詞を書きました。歌詞には、殺された男性の心情を書いているけど、殺した女性側の心情は一切書いていないので、女性はいったいどんな心情だったのか。そこを想像しながら聴いてもらえたら、より楽曲に込めた思いを楽しんでもらえると思います。
-殺されたのは男性側だったんですね。てっきり女性側かと思っていました。
八咫:殺したのは女性側なんですよ。かなりヤバい女性ですよね。
光:でも、"ヤバいくらいのほうがいい女"って説もあるからね。
八咫:僕自身は、「錯乱病」の歌詞を書いているときは、そんなヤバいなと思っていなかったんですけど、周りからはそう言われますね。僕はヒッチコックのどの楽曲でも、真剣に"純愛"を書いています。
-あえて細かい内容は言いませんが、それにしてはだいぶヴァイオレンスな関係じゃないですか?
宵:ヒッチコックの楽曲に正常な女性は出てこないです。そもそも普通じゃ満足できない。それに、「錯乱病」に出てくるふたりくらい共依存できる相手が見つかるのも、いい人生じゃないかと思う。
光:歌詞も曲調もわかりやすいというか、一番"脳直"で聴けるのが「錯乱病」だからね。楽曲自体がどストレートだから、ライヴでは特に映えるんじゃないかな。
-激しさを全面に押し出した「錯乱病」から一転、哀愁を抱いた歌謡メロも印象的な「カルテ4『失楽園病』」が流れ出します。男性には相手にされず弄ばれるだけなのをわかっていながらも、一方的な愛を捧げ続ける。「失楽園病(カルテ4『失楽園病』)」を聴きながら、こういう心情に共感を覚える女性も多いのかなと感じていました。
八咫:自ら歌詞を書きながら言うのもなんですが、ぶっちゃけ、僕自身は「失楽園病」に出てくる女性の気持ちには共感できないですね。この歌詞は、あくまでも僕が想像を巡らせたうえで書いた女性の話です。ただ、SNSを見ていると、こういう女性が多く見つかるから、こういう報われない恋をしている人は、きっと世の中にたくさん存在するんだろうなとは感じてます。
-それ、わかる気がします。
八咫:僕自身は共感できないだけで、こういう女性っているんですよ。"こんな悲しい思いをしたんだよ"ということを、僕がこの曲を通して代弁しているんです。しかも、共感できないからこそ、あえて客観的な感情で歌うことによって、"男は意外とこういうふうに思っているんだよ"という心情も表現できるなと思い、そう歌いました。「失楽園病」こそ、聴いた人それぞれが、いろんな捉え方をして聴ける楽曲じゃないかと思いますね。
宵:「失楽園病」は、歌謡曲チックな感じを出そうという思いから制作を始めた曲なんです。ヒッチコックには「バク」(2021年リリースの配信シングル)という歌謡曲チックな楽曲があるけど、この手の楽曲もライヴでいろいろと使い分けをしていきたい思いから、歌謡チック路線の新たな曲として「失楽園病」が誕生しています。ライヴでは、歌詞に書かれている女性の心情が伝わりやすい動きもつけているので、視覚的な面でも楽しめるはず。そこも含めて「失楽園病」の世界観に浸ってください。