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LIVE REPORT

MUCC

2017.06.20 @日本武道館

杉江 由紀

澱んだ泥水の中から生まれし、清浄なる神聖な花。仏教世界における蓮とは、仏陀の智恵や慈悲を象徴するものであるという。当然のように極楽浄土に咲き誇る花は蓮にほかならず、仏像の台座が往々にして蓮華を模したものとなっているのもそのためなのだとか。 今年で結成20周年を迎えたMUCCが、日本武道館での"MUCC 20TH-21ST ANNIVERSARY 飛翔への脈拍 ~そして伝説へ~"と題した2夜連続公演を行ったこの時期。最寄りの九段下駅から会場へと向かう道程にある牛ヶ淵の御濠では、初夏の訪れを告げるかのようにいくつもの花をつけた蓮たちが水面を覆いながら群生していた。 そんななか、偶然といえば偶然なのかもしれないけれども......今回の武道館公演において、ひとつのメタファーとして舞台上に終始しつらえられていたのが、まさに巨大な蓮の花のオブジェだったのである。



6月20日"第Ⅰ章 97-06 哀ア痛葬是朽鵬6"


6時9分。薄暗いステージ上に赤々と燃えるトーチ(松明)が2本だけ灯されたシチュエーションにて、MUCCの面々が武道館に集った大観衆を前にまず試みてみせたのは......自らがバンドに対してかけていたある種の呪縛と封印を解くという、この機だからこそ実現した儀式だったと言えるはず。 2006年6月6日に行われた、彼らにとっての初武道館公演[MUCC WORLD TOUR "TOUR FINAL「666」"]の1曲目として演奏されて以来、その後はこの日まで一度たりともライヴで披露されないまま、実質的に"いわくつきの曲"となってしまっていた「朽木の塔」を、あえてMUCCはこの記念すべき大切な公演の冒頭にぶつけてきたのだ。その事実はつまり、11年の長い時を経てあのとき生まれてしまったのであろう遺恨のようなものを、今ここできっちりと成仏させることを意味していたのだと思われる。
"......20年間の闇を。痛みを。解放しよう"
強い念のこもった鬼気迫る演奏と、魂そのものを声に託した歌によって「朽木の塔」を空へと還したあと。逹瑯(Vo)が低いトーンの声で静かに発したのは、この言葉だった。 かくして、次の瞬間にはライヴでの鉄板曲として夢烏(ムッカー/MUCCファンの総称)からの絶大な支持を誇る「蘭鋳」や、アリーナ前方に設けられたスタンディング・エリアにてリフトからのコロダイ旋風が吹き荒れた「茫然自失」などで、それぞれの楽曲たちに込められた負の感情たちが一気に外側に向け噴出される解放モードへと突入。 なお、今回のライヴが単にMUCCのこれまでを回顧するものであったか? といえば、決してそのようなことではなかったのもひとつの特徴だった気がする。このあとの本編中盤では、ダブ風味の暗黒フォーク・チューン「りんご」や、叙情性の強い旋律が繊細に紡がれる「勿忘草」といった最新オリジナル・アルバム『脈拍』からの楽曲たちも披露されることとなり、同時にそれらが初期の楽曲たち(この夜は20年のうち前半10年分を彩った楽曲たちが主に演奏されていた)と織り交ざったとき、それでもまったく違和感の類いを感じることがなかったところに、彼らの三つ子の魂を感じたのは何も筆者だけではあるまい。
結局、この夜の彼らは殺伐とした空気に満ち満ちた「ズタズタ」までの全20曲を、MCも一切挟まずに熱演しきってみせたのだが、その卓越した集中力と表現力こそMUCCがこの20年という歳月を経て身につけてきたものだったのだと感じるに至った。
アンコールにて、逹瑯が無邪気に笑いながら言った"よくもまぁ、こんな暗いバンドをやっていたものです"という言葉と、ミヤ(Gt)が発した"今日はね、最初に「朽木の塔」を演奏しだした瞬間に初めて武道館でやったときのことを思い出したんですよ。これで浄化されました、あの曲は。ありがとう"という感謝の言葉があったことも、この夜のライヴのことを語るうえでは不可欠な場面であったと断言できる。
そのうえで、逹瑯だけでなくSATOち(Dr)、YUKKE(Ba)、ミヤも揃って4人全員で歌ってみせた「つばさ」と、アルバム『脈拍』の表題曲である「脈拍」によってこの"第Ⅰ章 97-06 哀ア痛葬是朽鵬6"がいったん締めくくられたことにより、MUCCとMUCCを愛する人々にとってのネガティヴな業のようなものは、見事にすべてが解放され浄化されたに違いない。



6月21日"第Ⅱ章 06-17 極志球業シ終T"


時は巡り、脈々と繋がっている。今回の武道館公演が2夜両方をもってして対になっている事実を改めて提示するかのように、彼らがこの夜の始まりの曲として選んでいたのは、昨夜のラストでも奏でられていた「脈拍」だった。
ミヤの弾くギター・リフが、楽曲を頼もしく牽引する「塗り潰すなら臙脂」。SATOちの叩き出すストロングなドラムの音が、観衆の心身を煽っていく「極彩」。YUKKEの駆るようなアップライト・ベースのフレーズや、躍動感溢れる音像を受けて夢烏たちが派手に踊ってみせた「ファズ」......。第2夜のライヴは比較的近年の楽曲が多く、その中にはシングル化されたものも多かったせいか、さながらベスト盤的なセットリストになっていたとも解釈できる。とはいえ、MUCCというバンドの根底に流れている死生観や価値観はもちろんどの楽曲からも一貫して感じられるもので、なかでも逹瑯がエモーショナルに切々と歌い上げてみせた「JAPANESE」からは、ほかのロック・バンドにはないMUCCならではのアティテュードをひしひしと感じられた。武道館の日の丸のもとでついにこの曲を聴けた、という事実がより感慨深さに拍車をかけていたところもあるのだろう。
また、この夜の特筆すべき印象的な光景としては、ほかにもアンコールでの「優しい歌」にてステージ上および場内が全消灯され、オーディエンスが灯すスマホやケータイのLEDライトのみが満天の星空のように揺らめき、それを目にしたMUCCの面々が嬉しそうに感嘆の声を上げた場面もなかなかに感動的であったと言えるが。
何よりのハイライト・シーンは、アンコールの最後で"ここまでの20年間"を歌詞に凝縮してあるという「孵化」と、"今 翼広げ この空と風の中へ"という一節に多くのものが託されているのであろう「ハイデ」が、アルバム『脈拍』の展開とシンクロするかたちで完璧にパフォーマンスされたところだったのではなかろうか。言うなれば、"飛翔への脈拍 ~そして伝説へ~"とは、この近しい未来を明確に予言したライヴ・タイトルだったというわけだ。
さらにそのうえで。大団円を迎え、"ありがとう、これからもよろしく!"とすべての曲目を堂々と歌い終えた逹瑯が、この言葉を残して大きな蓮の咲く舞台上を颯爽と去ったとき。筆者の脳裏に去来したのは、一蓮托生という言葉にほかならない。
なんでも、現世において縁のあった者同士が死した場合、共に極楽浄土にて同じ蓮華の上に身を託して生まれ変わることをもって、"一蓮托生"と表現するそうだ。 今生が続く限り。あるいは往生したその先まで。MUCCには、澱んだ水の中から清浄で神聖な蓮華をとこしえに咲かせ続けるようなバンドであり続けてほしいと思う。そう心から願いたくなるようなライヴを2夜にわたって観ることができたのは、我々からしても実にありがたい。
MUCCと夢烏がここから向かう一蓮托生の未来に、いっそうの幸多からんことを!





[Setlist]

■6.20
1. 朽木の塔
2. 蘭鋳
3. 茫然自失
4. スイミン
5. 娼婦
6. 我、在ルベキ場所
7. サル
8. りんご
9. 勿忘草
10. 1979
11. 家路
12. 断絶
13. 9月3日の刻印
14. 666~空虚な部屋
15. 絶望
16. 前へ
17. 夕紅
18. 絶体絶命
19. 大嫌い
20. ズタズタ

en1. ジオラマ
en2. オルゴォル
en3. 名も無き夢
en4. つばさ
en5. 脈拍

■6.21
1. 脈拍
2. 塗り潰すなら臙脂
3. KILLEЯ
4. 極彩
5. ファズ
6. JOKER
7. JAPANESE
8. 空と糸
9. G.G.
10. 秘密
11. ピュアブラック
12. メディアの銃声
13. 流星
14. 暁
15. ニルヴァーナ
16. 咆哮
17. ENDER ENDER
18. Mr. Liar
19. TONIGHT
20. シャングリラ

en1. 優しい歌
en2. MAD YACK
en3. フライト
en4. 孵化
en5. ハイデ

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