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INTERVIEW

vistlip

2022.03.29UPDATE

2022年03月号掲載

vistlip

メンバー:智(Vo) Yuh(Gt) 海(Gt) 瑠伊(Ba) Tohya(Dr)

インタビュアー:杉江 由紀

境界線を越えた次元で、vistlipが描き出すメタフィクションは今ここから大きく動いていくことになるだろう。今夏で結成から15周年を迎える彼らが、このたび3年4ヶ月ぶりに発表するオリジナル・フル・アルバムは題して"M.E.T.A."。このタイトルはいくつかの単語を省略したものであると同時に、未来に向かっていく姿勢や超越するという意味も含んだものであるというが、その音楽的な内容は多くの表情を持った聴き応えのある作品としての印象が強い。15年の月日を経てきたなかでvistlipが体得してきた豊かな表現力、オトナになってきたからこその成熟した雰囲気、その根底に息づく革新的で尖った精神性。すべてが結実した待望の作品がここに完成!


自分の中での最終兵器を持ち出して勝負したみたいなところがある


-いよいよ満を持すかたちで、このたびvistlipは3年4ヶ月ぶりとなるオリジナル・フル・アルバム『M.E.T.A.』を発表することとなりました。本当にようやくの完成ですね。

海:新しい楽曲は、もちろんずっと継続的に作っていたんですけどね。ただ、コロナ禍でツアーが延期になったり、スタジオとかの密室的な空間に人が集まるのを避けるという意味で、所属事務所の方からレコーディング禁止令が出たり、そのあとには2020年末にリレコーディング曲を含むベスト(『MEMENTO ICE』)や、去年の春にはシングル『Act』を出したりもしたんで、結果的にいろいろなことが重なりつつ、今回は3年4ヶ月ぶりにやっとアルバムが出せることになりました、ということなんですよ。

-だとすると、いわゆる収録候補曲数は潤沢にあったことになりそうですが、そもそもフル・アルバムとしての方向性や曲作りをしていくうえでのテーマ、あるいは音作りなども含めて、各メンバーとしてはどのようなことをお考えだったんでしょう?

Tohya:やっぱり、アルバムごとにちゃんと自分たちが成長してるところや、進化しているところを見せなきゃいけないんで、それは個々のメンバーが作ってくる楽曲で表現していく必要があるなと思ってました。まぁ、最初の作曲期間はちょうどコロナ禍が始まったばかりの頃で、その当時はいつこのアルバムを出すことになるのかとかはまだ明確じゃなかったですけど、そこが決まってから作りだした曲たちのほうが、自分としてはより良いものが多くできたのかなという手応えがありましたね。あと、当初作っていた曲たちにしても、新しくできた曲たちとアレンジをすり合わせていったりもしたので、今の自分が表現したいことは、このアルバムの中にすべて詰め込むことができたんじゃないかと感じてます。

瑠伊:僕の場合、今回のアルバムではコロナ禍が始まった頃に時間をかけて作っていた曲たちを、リリースが決まった時点から、アルバムの方向性に合うようにブラッシュアップしていく感じでしたね。今までにないくらい、じっくりと曲を仕上げていけたせいなのか、これまでにはなかったアプローチをできたところがかなりありました。

Yuh:いつものことではあるんですが、僕は、あまりそこは考えてなかったです。立ち位置的にこれまでも一番メンバーの中では自由にやってきているというか(笑)。今回のアルバムに向けても智と瑠伊はコンセプトとかテーマを見据えたうえで、こういうことをしよう、ああいうことをしようって話をよくしてたんですけど。僕は個人的に『No.9』(2020年3月リリースのミニ・アルバム)に入れた「DANCE IN THE DARK」を作ったときから、EDMの要素はもっと取り入れていきたいなと思っていて。シンベ(シンセ・ベース)の音や特にブレイクで入れる音なんかに関して、これまでの間に、自分なりに情報収集をしたりしながら勉強は続けてたんですね。自分としては、そこを今回のアルバムでの曲作りに生かせたと思ってます。

海:僕がまず真っ先に考えたのは、ジャケットのデザインどうしようかな? 衣装のデザインどうしようかな? っていうことでしたね。スタート時点で先にそこを考えておかないと、曲ができあがってからじゃ絶対間に合いませんから。当然、ジャケットも衣装も音のイメージと連動したものにしていく必要はあるので、アルバムに向けての方向性が決まったと同時にアイディアを先に詰めていったんですよ。ただ、今回はコロナ禍でライヴやレコーディングができなくなっていた間に、曲がもうそこそこの数はできあがっていたのと、それとは別に作曲期間を取ってさらに増やしたというのもあったうえに、既存のシングル曲もそこに加わるとなると、だいたいの方向性は定まっているとはいえ、最終的にどんなカラーの作品に仕上がるかは多少の振れ幅があって、3、4パターンの案があったんですね。だから、アルバム・ジャケットのデザインや衣装の雰囲気も、そこも踏まえたうえで考えていく必要があって。流れとしては昼間に外に出て服を見て回って、家に帰ってジャケットのデザインを考えて、それが終わったらギターを家で弾きながら曲を作る、みたいなことを一時は並行してやってましたよ。まぁ、そのパターン自体はいつものことではあるんですけどね。これまでよりも考える時間そのものは余裕があったから、頭の中で案をいろいろと膨らませることはいつも以上にできました。

-なお、今作『M.E.T.A.』については公式資料に"バンドの原点を見つめ、また新たな方向性を示唆する楽曲を収録した<新機軸アルバム>"という文言が見受けられるのですけれど、制作にあたってのバンド内共通認識としては、これが共有されていたものですか?

海:その文言自体は、できあがった『M.E.T.A.』に対してレーベルの方がそう感じたということだと思います(笑)。でも、実はvistlipが始動して最初に出したミニ・アルバムの『Revolver』(2008年)とか、そのあとのフル・アルバム『THEATER』(2009年)を出した頃、あれとは別の形で作りたかった世界観というのは当時からありまして、それが今回の『M.E.T.A.』の質感に繋がっているところは確実にあるんですね。その文に原点と新機軸って言葉が出てきてるのは、そういうことをたぶん意味しているのかなと僕は解釈したところがあります。

-なるほど。ちなみに、楽器隊の各メンバーが曲を次々と生み出していった一方、智さんからすると今作『M.E.T.A.』の中で特に打ち出していきたいと考えていらしたのは、どのようなことでしたか?

智:僕が曲作りの面で瑠伊とかTohyaにお願いしてたのは、言葉にすると"次のアルバムではちょっとアダルトでセクシーなvistlipになっていきたい。なおかつポップでもありたいんだよね"っていうことでした。そこが最初に具体化したのは、曲でいうと「BGM「METAFICTION」」で。できたときから、この曲はアルバムの中でも軸になっていくだろうなという感覚が強かったですね。

-そんな「BGM「METAFICTION」」は、SE的な冒頭の「PW:Invitation」に続いて始まる、実質的なアルバムの1曲目となる存在ですが、たしかにこの曲はオトナっぽい洒落っ気や艶っぽさが音にも歌詞にも漂っております。また、3曲目の「"TOXIC"」のジャジー且つスリリングなサウンドと、ドラマチックな歌詞世界が融合している様も実に秀逸です。これは完全なる褒め言葉として受け取っていただきたいのですが、この始まり方はアルバムとして素晴らしくあざといですよ。

智:いやほんと、そうだと思います(笑)。結局そこは写真とか衣装のコンセプトともちゃんと連動していて、派手なんだけど、その派手さは悪ガキ的なものではなくあくまでもオトナっぽい雰囲気なんですよね。

海:そうそう。不良少年が不良中年になりましたじゃなくて、ワルい大人になりましたっていうイメージにしたかったんですけど伝わるかなこれ。

-つまり、『M.E.T.A.』のコンセプトを端的に表す言葉はアダルトということに?

智:それはアルバムの中の1要素ですね。アルバム全体のテーマは、このタイトルになってる"M.E.T.A."なんです。読みは正式にはメタじゃなくてエムイーティーエーで、Music、Entertainment、Tのところは悪友を指すスラングのThugと、もうひとつToxicの意味も持たせていて、AはArtになります。改めて真面目に説明するとなかなかこっぱずかしいけど(苦笑)、これはのちのちのライヴとかツアーの演出も含めて考えたものではあるんですよ。

海:とはいえ、言葉でしっかり説明するのはちょっと恥ずかしいよな(笑)。

-しかしながら、今作を聴いたうえでそのコンセプトをうかがうと、"まさしくそのとおりの作品だなぁ"と感じますよ。整合性しかありません。

智:だったら良かったです。あと、さっき正式なタイトルの読み方はメタじゃないっていうことを言いましたけど。うちらとしては別にメタって読んでもらってもいいし、そもそもはメタっていう言葉をこのタイミングで使っておきたかったのもあるんです。メタバースとか、このところ盛り上がってる今の時代を表す言葉でもあるし、未来に向かっていく姿勢や、超越するっていう意味合いも持ってる言葉だから、今ここで使わないと意味がないなと思ったんですよ。

-それだけに、今作『M.E.T.A.』におけるリード・チューンは、「BGM「METAFICTION」」になるのだそうですね。作曲者であるTohyaさんからすると、こちらの曲はどのようなヴィジョンのもとで作られたものになりますか?

Tohya:自分の中では、この曲はリズムの面での最終兵器を持ち出して勝負したみたいなところがあるんですよ。これまでだったら、自分にとっては難しいし手を出しちゃいけないと思ってたところにまで、思い切って手を伸ばした感じなんですね。智が求めてたワルい大人の雰囲気というのも、なんとかここでは出せたんじゃないかと思います。そのぶん、僕だけじゃなく、この曲ではきっと独特のグルーヴを出すのに弦楽器の人たちもそれぞれ苦労したはずです(笑)。

瑠伊:めちゃめちゃ難しかったですよ。vistlipでここまでシャッフルのリズムを突き詰めたことはなかったから、Tohyaと一緒にスタジオで手探りしながら少しずつグルーヴを固めていく感じでした。

海:グルーヴって、最後は身体で感じてくっていうとこに尽きるとこない?

瑠伊:そうなんだよね。お互い目を合わせながら身体の動きが合っていくのと同時にノリもだんだんと合っていく、みたいなところはわりとあったかも。ああいう場面はあんまり他の人に見られたくないかなぁ(笑)。

-昨今は、コンピューター画面上のグリッドに合わせてリズムを作っていくケースも多いわけですが、グルーヴ本来の在り方は、そういった人間ならではの生っぽいリズムから生まれる波動を生かすべきなのでしょうね。

Tohya:そのためには熟練した技術が必要なんだな、と改めて思いました。ライヴがちょっと怖いところはありますけど、今回はすごくいい勉強になりましたね。

-対して、ギター隊のおふたりは、「BGM「METAFICTION」」といかにして向き合っていくことになられたのでしょう?

海:グルーヴ感に関してはTohyaと瑠伊が頑張って土台を作ってくれてたので、あとはそこに乗っかりゃいいっていう感じでしたよ。もっとも、音的にどのギターが一番合うかっていうのは、録る前に持ってる楽器を全部試していきましたね。そうしたら、意外にもこの曲に最も合ってたのはフライングVの音だったんですよ。あれって座っては弾けないかたちだから、レコーディングなのに仕方なく立って弾くことになりましたけど。

Yuh:そんなの珍しいから、スタジオで海の後ろ姿の写真撮っちゃいました(笑)。

-70年代にKISSのPaul StanleyやMichael Schenkerあたりが使用するようになって以降、フライングVはハード・ロックやメタルの界隈でよく使われるようになりましたが、そもそも1960年代には初期モデルをブルースの大御所であるAlbert KingやLonnie Mackが使用していた楽器でもありますから。オトナ感の漂う「BGM「METAFICTION」」にフライングVがハマったというのは、実に興味深いエピソードですね。今後のライヴでもこの曲でフライングVを使用する可能性はあります?

海:さすがに、ギターがふたりともフライングVっていうのはちょっと(苦笑)。だいたい、俺は変形ギターの類が似合わないんですよ。

瑠伊:違和感あるもんね。

海:真剣にダサくなる(笑)。だから、ライヴでは他の手持ちのギターを改造して使おうと思ってて、この間そのためのカスタマイズはしてもらってきました。

-Yuhさんの場合、ギタリストとして「BGM「METAFICTION」」と向き合っていく際には、どのようなことを意識されていました?

Yuh:この曲の中での自分のギターは、ベーシックなパートもありつつメインは上モノとしての役割が大きいので、グルーヴという部分はそんなに関与してないですけど、フレーズの面ではワウを使ったりしながら新しい試みをしてますね。これは弾くことそのものが挑戦だったわけじゃなくて、あのソロにしても聴き手側にこのスタイルの音をどう聴いてもらうか? という部分が自分にとっての挑戦でした。

-その挑戦は見事に吉と出たようですね。そして、智さんにはここから、「BGM「METAFICTION」」の歌詞世界についての解説をお願いしたいと思います。

智:この曲の場合、もともと映像的なイメージというのが、公式のアーティスト写真と通ずるような感じで自分の中にはすでにあったし、冒頭のラップ部分を書き出したところから、物語もバーっと勢いよく広がっていったんですよね。テーマの根底にあるのは、僕の中の"この時代の中で音楽がなくなっていっちゃうのは寂しいな"っていう気持ちです。

-この2年半近く、日本のエンタメ業界はさんざんな憂き目に遭い続けてきていますものね。世界的にはすでに規制緩和が相当進んでいますし、ここからはもう少しマシな状況になっていくことを願うばかりです。

智:曲タイトルを"BGM「METAFICTION」"にしてBGMって付けたのは、自分にとっての音楽って日常に寄り添うものだからなんですよね。みんなにとってもそうであってほしいと思うし、そのことを詞で伝えたことは意外となかった気がするから、演者から聴き手にメタフィクション的なニュアンスで問い掛けるっていうことを、ここではやってるんですよ。エルム街とかフレディっていうフレーズも使いながら、フィクション要素も入れてはあるんだけど、それ以上にノンフィクションな意味でのメッセージ性も強いかな。