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INTERVIEW

CHTHONIC

2012.03.08UPDATE

2012年03月号掲載

CHTHONIC

メンバー:Freddy (Vo)

インタビュアー:米沢 彰

-こんにちは!激ロックです。以前にインタビューをさせて頂いたこともありますが、フリーマガジンやWebサイトの運営などをやっています。

知ってるよ!twitterでも見たことあるよ!

-昨日の東京公演、一昨日の大阪公演は如何でしたか?

すごく良いショウだったと思う。多くのファンが駆けつけてくれてサポートをしてくれて、こっちもとても勇気付けられたよ。

-2010年にはLOUD PARKで、2011年には『Takasago Army』のリリースに伴っての単独ヘッドライン来日ツアーそして今回のLAMB OF GODとのツアーと、ここのところ毎年のように来日を果たしておりますが、今回のショーでのオーディエンスの反応は如何でしたでしょうか。

まず最初に、ファン層が広がっているのを感じたよ。特にここ最近は、ファンが自分達の楽曲に慣れ親しんでくれていて、一緒にシンガロングしてくれるのを見てファン・ベースが出来てきていると実感しているよ。何よりこうやって毎年日本に来られるのは、ファンが待っていてくれているからだと思うし、twitterやFacebookで“日本に来てくれ!”というメッセージを送ってくれているファンのお陰だと思っているよ。

-私もファン・ベースが広がっていっているのを感じていますよ。

本当!嬉しいね。

-LAMB OF GODとは今回のツアーに限らず、海外でのツアー、そして本国台湾でのツアーでも一緒に回ったりしていますが、それぞれメンバー同士仲良くなったりはしていますか?

2007年にOzzfestで知り合ってから仲良くなったんだ。台湾で一緒にツアーを回ったし、前回LAMB OF GODが日本にライヴに来たときも、Doris(Ba)がわざわざ台湾からライヴを観に行ったりもしたぐらいさ。この前の10月の醒靈寺でのライヴに来てくれたときも、RandyとRandyの奥さんにハネムーンみたいに一緒に旅行できるように用意してあげたんだ。それぐらいLAMB OF GODとは親しくしているよ。

-『醒靈寺大決戦 Final Battle at Sing Ling Temple』では、LAMB OF GODのRandyが飛び入りでステージに参加していますが、ジャケットにもRandyがちゃんと写ってますね?

そうそう、面白いだろ?今回のジャケットのテーマが昔の映画のポスターをイメージしていたんだ。メンバー5人だけではキャラクターが足りないという話になって、Randyを入れちゃおうって話になったんだ。ゴジラみたいな位置付けでRandyを入れたんだよ(笑)。

-それは誰が言い出したんですか?

誰が言ったという訳ではなくて、デザイナーとDorisと俺がミーティングをしている時に、話の流れで5人じゃ寂しいよねということで3人のゲスト・プレイヤーとオーディエンスをジャケットに載せようという風になったんだよ。

-サウンド的にはちょっと離れている部分もあるように感じられますが、お互いに影響を受けたり与えたりしているところはありますか?

音楽的には影響を受けていないと思う。

-音楽的な面以外にもアティテュードなどは如何ですか?

うーん、他の面もあまり影響は受けていないな。Randyとは友人なんだ。彼は誠実だし自分の思っていることはきちんと口に出して言ってくれる良い奴なんだ。

-ちょうど一昨日の東京公演の日に『醒靈寺大決戦 Final Battle at Sing Ling Temple』のリリースを迎えましたね。この公演を作品としてリリースすることになった経緯を教えて下さい。

醒靈寺はとても特別な場所なんだ。バンドにとっても特別で、ファンにとっても特別で、台湾という国にとっても特別なんだ。とても特別な場所での特別な瞬間だったから、残念だけど来られなかった人たちもそのイベントに少しでも関わって貰えるように、DVDとしてリリースすることにしたんだ。

-長いツアーの集大成として、醒靈寺を最終公演の会場として選ばれたそうですが、この醒靈寺は台湾の方にはかなり深い意味を持った場所なのですよね?

醒靈寺は埔里(プーリー)という町にある門番のようなお寺なんだ。一般の人々が生活する地域と、未開の人達が住んでいる山の町との間に位置していて、ここを通って未開の地域の人々と関わりが生まれるんだ。スペインやオランダ、清が侵略しに来た時もこの醒靈寺を攻めるんだけど、この先には進めずに未開の地には彼らの手は延びなかった。数百年の間、醒靈寺の先の地域は独立を保っていたんだ。日本が統治していた時代には人口調査の名目で出入りをするようになって、色々な人が入っていった。日本が敗れて国民党が大陸からやって来た時には現地民と国民党との戦争があって、最後の戦闘は醒靈寺で行われたんだ。国民党時代の戦闘に限らず、さまざまな重要な戦闘が行われた地という意味で、醒靈寺は重要な意味を持った場所なんだ。