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INTERVIEW

No Fear Festival

2016.04.15UPDATE

2016年04月号掲載

No Fear Festival

インタビュアー:米沢 彰

2008年に3,000人規模でスタートし、10万人規模にまで成長を遂げた台湾最大のロック・フェス"Rock In Taichung Festival"。日本からもSPYAIRやSWANKY DANKらが出演したことでも知られる同イベントが、今年は新たに"No Fear Festival"として開催。さらなる拡大と進化を目指す転換点を迎える。今回激ロックでは、イベント発足から2回目の開催を前に、フェスの立役者、Nuno Chen氏にこれまでの経緯を含め台湾のロック・シーン事情から今年の計画までメールで話を訊いた。

-まずはNunoさんの経歴やこれまでに関わったイベントなど教えてください。

1999年に台湾中部で最初のインディーズ・レーベル"浮現音樂(Emerge Music)"を立ち上げ、続いて2001年には"老諾Live House"をオープンさせました。その結果"レコード・レーベル"でありながら"ライヴハウス"ともリンクした特殊なレーベルとなり、2011年にはライヴハウス"TADA方舟"をオープンさせ、キャパシティが200人の"老諾"と1,000人の"TADA方舟"の2つのライヴハウスを運営する体制になりました。また、2009年には初めてロック・フェス"Rock In Taichung Festival"を開催しました。これは、私たちが台中市政府と提携して行っているもので、これまで毎年開催していて今年で7年目になります。まとめると、レコード・レーベルの他に自社ライヴハウスと自社フェスを手掛けており、この他にも不定期にたくさんの国内外のコンサートを開催したり、台湾北中南部から広くアジアにおよぶツアーを企画したりしています。

-"TADA方舟"は規模も大きいようですが、どういった会場なのですか?

現在のところ台湾で唯一の"レストランとライヴハウスを融合させた大規模ライヴ会場"になります。日本の有名なバンドだとKEYTALK、SHAKALABBITS、A9、ダウトが、アメリカなどのバンドでいえばMR.BIG、STORY OF THE YEARといったバンドが過去に公演を行っています。

-新たに"No Fear Festival"を立ち上げた経緯をうかがえますか?

昨年台湾では、"海洋音樂祭"というフェスが開催まで1ヶ月を切ったタイミングで突然中止になりました。そのときに国内外の多くのバンドが途方に暮れていたので、私たちは極めて短期間で新たなフェスを開催することに決めました。会場は私たちのホームである台中にし、その申請の際に台中市政府新聞局長である卓冠廷(Cho Kuan-ting)氏に協力してもらいました。彼らを始めとした台中市政府は全力でフェスの開催をサポートしてくれました。こうしたことがきっかけでNo Fear Festivalは企画考案から20日も経たずに誕生しました。イベントは台中市政府とバンド、ファンの方々のおかげで大成功となりました!

-もともと日本でもネット・ニュースなどで取り上げられる規模のフェスとしてRock In Taichung Festivalは知られていましたが、No Fear Festivalが今年からその役割を担うという位置づけで合っていますでしょうか?

これは一種の進化とも言えます。私たちは7年にも及ぶRock In Taichung Festivalの開催経験がありますが、今年のNo Fear Festivalはその経験をさらに拡大して進化させたものと言えるでしょう。今回はDJやパフォーマーなど、ロック・バンド以外のジャンルのアーティストも出演する予定です。開催場所は、これまでRock In Taichung Festivalが行われていた台中を代表する会場である"圓滿戶外劇場(Fulfillment Amphitheatre)"に設定し、開催日程もこれまでとほぼ同じ日程で考えています。

-引き続き、台湾で行われる最大規模のロック・フェスということになりますよね?

はい、まさに台湾最大の集客を誇るフェスだと思います。

-Rock In Taichung Festivalは2008年に3,000人規模からスタートして、現在は10万人規模にまで成長してきているということですが、ここまで成長を遂げたのはどういった要因があったと思いますか?

イベントが成功した最大の立役者はロックを愛するファンのみなさまです。台湾の無料フェスの中でもRock In Taichung Festivalは唯一"ロック"に特化したフェスとなっています。なので、長年開催していく中で"ロック・ファンたちが年に1回集合して楽しむ日"として定着しました。そうやって長く続けていくにつれて、訪れる人も多くなりましたね。

-イベントがここまで成長していく中で起こった大変なことなどはありますか?

"音楽において"というところから答えるとすると、世界に"台湾の音楽のメッカは台北だけじゃない! 台中にもあるぞ!"ということ伝えることです。これが1番苦労したことですかね。現在ももちろん努力していますが。