INTERVIEW
Paul Gilbert
2021.06.01UPDATE
2021年06月号掲載
Interviewer:米沢 彰 Interview interpreted and translated by 川原 真理子
RACER X、MR.BIGと伝説的なキャリアを歩み、ソロを中心とした活動に転向したあとも今作で16作目を数える、腕もキャリアも世界有数のスーパー・ギタリスト、Paul Gilbertが最新ソロ作をリリースに至った。コロナ禍の影響を受け、予定していた制作が進行できず、全パートを本人がプレイするという異例の作品となっている。インスト・アルバムながら、全曲に歌詞をつけるなど、まさにギターで"歌う"Paulのギター・ワークを凝縮して収めた今作について、本人に訊いた。
最近の大きな目標は、ギタリストでありながらシンガーの役割を果たすということなんだ。今の僕はギターを弾くとき、ギター・パートじゃなくてヴォーカル・パートを弾いている
-2年ぶりのアルバムを待ち望んでいたファンに向けて、今作のリリースを迎えた今の率直な気持ちを教えていただけますか?
完成したときはいつだって最高の気分さ。最初はいつだって"こんなの無理だ"って思うけど、最後は"楽勝だったな!"って思うんだ。もちろんチャレンジングではあったけどね。去年1年間を乗り越えることは、全世界にとってチャレンジングだった。スタジオで僕のバンドと一緒にライヴで(レコーディングを)やりたかったけど、隔離生活が始まってしまって、それは叶わなかった。どうしたらいいかわからなかったけど、最終的に自分ですべての楽器を弾くことにしたんだ。そうしたらテンションがどんどん上がりだした! ドラムを叩くのが大好きだから、すごく楽しかったね。楽しいからといって、うまくやれるとは限らないけど(笑)。エンジニアのKevin(Hahn)には"とりあえずやってみるよ。出来が良かったらそれを使おう。良くなかったら、他の方法を考えよう"と言ったんだ。ドラムもベースもキーボードも、そしてもちろんギターも僕が弾いたんだけど、いい結果になったと思う。ある意味ギターに歌わせているところもあるんだ。新しい秘密兵器"スライド・バー"を使ったりしてね。うまくいったよ!
-ドラムは特に躍動感があって、楽しく叩いている様子が目に浮かぶようでした。実際にレコーディングしたときの感想をうかがえますか?
ドラムを叩くのが大好きだから楽しかったというのももちろんあるけど、身体を使って何かをすること自体が楽しかったんだ。隔離生活でずっと家にいないといけないし、歩き回ったり自転車に乗ったりすることもあまりなかったから、ドラムを叩けることが楽しかった。レコーディングには、いつも着替え用のシャツを持って行っていたよ。曲を10回叩くと汗だくになるからね。身体を動かすこと自体がすごく気持ち良かったんだ(笑)。まるで体力トレーニングのようだったよ。あともちろん音楽的にも楽しかった。グルーヴを出せるし。
-前作『Behold Electric Guitar』(2019年リリースの15thアルバム)から約2年が経ちましたが、コロナ禍の期間も含め、この間のご自身の活動についてうかがえますでしょうか?
僕はすごくラッキーだった。オンライン・ギター・スクールをやっているからね。実は2012年頃からやっていて結構長いんだ。隔離生活にはうってつけだったよ。生徒たちとビデオでコミュニケーションを図ることができたからね。だから、学校はさらに忙しくなっていったよ! 隔離生活の間、何かやりたいと思っている人が大勢いたから、僕の学校はさらに人気が出たんだ。それで毎日、学校のためのビデオ撮りを行っていた。それで僕は、クレイジーにならずに済んだんだ。音楽で触れ合うことができたし、音楽のことをしょっちゅう考えることができたし、人とコミュニケーションを図ることができた。それ以外には、どうやって今回のアルバムを作ろうか考えたり、そのための曲作りをしたりしていたよ。あと家族もいて、6歳になる息子がいるから、息子と一緒にいて何かを教えたりするのが楽しかった。父親としての時間が増えて良かったよ。いつもだったらツアーに出かけているから、家で息子と過ごせたのは良かったね。
-RACER X時代、MR.BIG時代、それぞれの復活時期と今のソロを中心とした活動と、あなたのキャリアの中で時期によってサウンドが大きく変わってきていますね。この変遷はご自身ではとても自然なことだったのでしょうか? あるいはこうありたいと自分で自分をリードしてきた結果でしょうか?
両方だね! 願望は自然に湧いてくるものだけど、それを実現させるには努力しないといけない。最近の僕の大きな目標は、ギタリストでありながらシンガーの役割を果たすということなんだ。今の僕はギターを弾くとき、ギター・パートを弾くんじゃなくてヴォーカル・パートを弾いている。だからまずは、ヴォーカル・パートを覚えないといけなかったんだ。例えば、Janis Joplinの曲「Mercedes Benz」。このヴォーカルをギターで弾くことを覚えたんだ。MR.BIGの曲だってそうさ。「To Be With You」をギターで弾いた。シンガーの歌っていうのはギターとはかなり違っていて、もっとずっと滑らかだから、スライド・バーを使ったり、手でスライドさせたりするような感じなんだ。正しい音程よりも低いところから始めてスライド・アップさせないといけない。だんだん慣れてきたけどね。ドンピシャの音からは絶対に始まらない。下から忍び寄ってくる感じなんだ。これには、手直しがいろいろと必要だよ。典型的なギタリストだった頃の以前の僕だったら、ある音を出したかったらその音を出せば良かった。でもヴォーカル・パートを弾く場合は、そういうことはあまりやらないんだ。
-歌うようなギター・プレイのスタイルは、いつから取り入れ始めたのですか?
『Stone Pushing Uphill Man』(2014年リリースの13thアルバム)は、ヴォーカルをすべてギターで弾こうとしたものだ。あれはほとんどカバー曲だったけど、あのアルバムではそれが目標だったんだよ。でも、ものすごく大変だった! 何テイクもやらないといけなかったし、1行ずつやらないといけなかったからね。完成はしたけど、ものすごく頑張らないといけなかった。『Behold Electric Guitar』では、そのテクニックをもっとずっと使いこなせるようになっていたから、スタジオでライヴ録音したんだ。今作ではオーバー・ダブはしたけど、もっとずっと自然にできたよ。今では毎日こういうことをやっている。僕のヴォーカル・ヒーローたちの曲を弾くのがすごく楽しいんだ。Steven Tylerをやりたいと思ったら、AEROSMITHの曲を考える。そして歌をギターで弾く。そうすると、この楽器の幅がすごく広がるんだ。単なるギター・ソロを弾くときと、音の配置が違うからだよ。それで、ギターに対してまたすごくエキサイトするようになったんだ。
-特に「Werewolves Of Portland」では、その歌っているかのようなギター・アプローチが、フレージングのリズム感などと合わさって、ジミヘン(Jimi Hendrix)を彷彿とさせるような、すごくエモーショナルな楽曲に仕上がっているように感じました。
それは嬉しい褒め言葉だ。ありがとう!
-今作は全楽曲がインストゥルメンタルであるにもかかわらず、各曲の歌詞を書いたんですよね?
それが僕の曲の作り方なんだ。最初に出したMV「Argument About Pie」の出来にはとても満足している。これは初の、リリック・ビデオ付きインストゥルメンタル曲じゃないかな。
-そうですよね(笑)。
でも、そうやってあの曲を書いたんだ。最初に思いついた歌詞が"You can never get in an argument about...Pie"だった。それをどう弾いたらいいかなと思って考えていたんだ。僕がすごく気に入っているのは、練習してメロディに取り組んで、それをギターでうまく弾こうとすると、すごく役に立つということ。弾けば弾くほどうまくなるんだ。逆に歌の練習をすると、どんどん下手になる(笑)。声帯筋が疲れてきて30分もすると"もう歌えない!"ってなるんだ。でもギターだったら一日中でも弾いていられる。だから、メロディにどんどん深くハマっていくのがいいんだ。ほとんど瞑想のようなものだね。ミュージシャンとしてすごくやりがいがある。
-Paulは、歌だってうまいじゃないですか。それでも、ヴォーカル・アルバムではなく、インストゥルメンタル・アルバムを作ることを選んだわけですよね?
褒めてくれてありがとう。でも、僕が歌うと妥協しないといけないことがいろいろ出てくるんだ。僕の声には限界があるんでね。例えば、高い声を出さないといけない曲はどれだったかな。「Meaningful」を歌うとなると1オクターヴ下げないといけない。それでもいいけど、僕としては1オクターヴ上げたかったんだ。ギターだったらできる。ファルセットで歌うと、ミッキーマウスみたいになってしまう。でもギターだったらサステインだってヴィブラートだって掛けられる。美しいんだ。それに2番になったらリックを加えてもっとガツンとできる。だから、典型的なギター・プレイよりも可能性がものすごく広がるんだ。
-たしかにPaulは、ギターでのほうがうまく歌えると言わざるを得ませんね(笑)。
ハッハハハ!
-今作のタイトルはPaulのホームタウンであり、BLM運動の発端となった悲劇の起きた街、ポートランドの名を冠していますが、このタイトルに込めた思いや考えを教えてください。
5年ほど前にポートランドに引っ越したんだ。育ったのはペンシルベニアで、ハイスクールを卒業するとプロのミュージシャンになるためにLAに行った。ラスベガスに10年ほどいたし、日本に2~3年住んでいたこともあるし、またLAに戻って10年ほど暮らして今はポートランドにいる。僕がこれをアルバム・タイトルに選んだのは、ああいった悲劇が起こる前のことだった。僕が引っ越した頃、ここは平和な街で木々が豊かだった。それがとっても気に入っていたんだ。あとはWarren Zevonの「Werewolves Of London」っていう有名な曲があるよね。あの曲を歌うときの彼は吠えている感じなんだ。だから、スライドで弾くのにぴったりな感じで。そこに僕のリフをつけてやったんだよ。面白いタイトルだと感じたんだ。ところが、時が経つにつれ"なんてこった! ポートランドはいったいどうしちゃったんだ?"と思ったね。タイトルを変えようとさえ思ったけど、結局そのまま使うことにした。響きもいいし、覚えやすいタイトルだからね。
-「Werewolves Of Portland」という曲が先にあったのですか?
どうだったかな。実は、学校用にまったく別のリフを考えたんだ。それを"Werewolves Of Portland"と呼んでいたんだけど、それは単純に面白いタイトルだと思っていたから。でも、そのあと歌詞をつけて歌ってみたら、この曲ができあがったんだ。この曲はビデオも作ったんだよ。このビデオを早くみんなに観てもらいたいな。息子と一緒に作ったんだけど、ふたりで狼の衣装を着たんだよ(笑)! そしてふたりでギターとドラムを弾いて、ダンスも結構やっている。楽しかったよ。きっとみんなあのビデオを気に入ってくれると思うな。
-あの曲ではまさに、ギターで吠えていますよね。
そういうこと。