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INTERVIEW

The Winking Owl

2015.11.19UPDATE

2015年11月号掲載

The Winking Owl

メンバー:Luiza(Vo) Yoma(Gt) Ranmalu(Ba) KenT(Dr)

インタビュアー:吉羽 さおり

-『Open Up My Heart』は3曲を収録したシングルで、さまざまなバンドの面を見せる作品になりました。制作にあたってのコンセプトは何かあったんですか。

Yoma:これまで何作か出してきたんですが、このシングルはバンドの名刺代わりになる作品ということで自分たちの良さを最大限に、初めて聴いた人にも伝えられるようにという思いで作りました。今回は全部新しく作った曲で。今年の春過ぎから作り始めて、どの曲を入れようかと選んだ感じですね。

-ということはいくつかの中から選曲したんですね。

Yoma:全部で、僕は15曲くらい作っていましたね。

Luiza:わたしは2曲作ってました。

-曲を書くのはふたりが中心?

Yoma:今までは僕が作っていたんですけど。これからは作れる人は作ってみようというスタンスで。今回は「Here For You」(Track.2)がLuizaが作った曲ですね。

-では、みなさんの音楽的なバックボーンをうかがっていきたいんですが、Luizaさんはどういうバンドが音楽の入り口だったんですか。

Luiza:最初はBACKSTREET BOYSとかBritney Spearsとかポップスが好きだったんです。そういった洋楽を聴いていたところでEVANESCENCEに出会って。バンド・サウンドを知ってのめり込んでいきました。あとはインスト系からジャズから、メロディがいいものはなんでも聴いてましたね。

-なるほど。2013年にはアコースティック・ミニ・アルバム『Voyage』を出していますね。それを聴いたときに、へヴィなサウンドがルーツというだけじゃないものを感じましたし、いろんなことをやろうとしてるバンドだなと思ったんです。

Ranmalu:たしかに。

Yoma:あの作品では、もともとバンド形態でもやっていた曲をアコースティックにアレンジをした感じだったんです。

-Yomaさんはプロフィールによるとアメリカでも活動されていて、"Warped Tour"にも出演経験があるということですね。どういった経緯でアメリカで活動していたんですか。

Yoma:高校卒業したあとにアメリカに留学したんです。もともと洋楽、特にアメリカのバンドが好きで現地で音楽をやりたいと思っていたんです。それでアメリカの音楽学校に入って。学校は2年通って、並行してバンド活動もしていたんです。ずっとアメリカでやるつもりで、留学するときも日本には帰らないくらいの気持ちだったんですけど、ビザの関係とかいろいろと大変で。それが当時やっていたバンドの上手くいかない時期と重なって、いろいろ悩んでビザが切れるタイミングで帰国したんです。そのとき、自分で曲を作ってやっていたバンドは、The Winking Owlの前身バンドと言えるような、ジャンル的には近いものでしたね。当時女性ヴォーカルのバンドというと、PARAMOREが流行っていてすごく好きだったんです。それ以外にも、ポップ・パンクっぽいバンドもやっていたんですけど、そのバンドは続かなかったですね。

-そういったアメリカで活動した経験で良かったことっていうのはありますか。

Yoma:好きなバンドもいっぱいいて、フェスに気軽に行けたり、家の近くのライヴハウスに好きなバンドがツアーで来れば、チケットも安かったのでしょっちゅう行けたり。バンドじゃなくても、いろんな音楽が街中にあって、いい音楽を身近で感じられる機会が多かったのはいい経験でしたね。

-逆に音楽が身近にあるぶん、こんなにバンドがいるのか!というもあったり?

Yoma:それは思いました(笑)。ほんとに、すごい人たちはゴロゴロいるので。そこでどうやっていけば自分は世に出ていけるのかっていうことは考えました。

-では、Ranmaluさんはどういうルーツなんですか。

Ranmalu:僕はSEX PISTOLSやTHE CLASHといったイギリスのパンクを聴いて、楽器を始めたんです。10代になってくると流行りのスクリーモとかも聴いていました。それで高校生くらいのときギタリストとしてバンドを始めたんです。ずっとギターだったんですけど、The Winking Owlに加入する少し前に、別のバンドでベースを始めたんです。がっつりベースを始めたのはThe Winking Owlに加入してからですね。