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INTERVIEW

The Winking Owl

2015.11.19UPDATE

2015年11月号掲載

The Winking Owl

メンバー:Luiza(Vo) Yoma(Gt) Ranmalu(Ba) KenT(Dr)

インタビュアー:吉羽 さおり

-それは、自分としてもギタリストでなくてOKだったんですか。

Ranmalu:ギターでやりたいという気持ちはあったんですけど。タイミングだと思うんですよね、このタイミングでベースで誘ってもらって。個人的に、The Winking Owlは好きなバンドだったので、ぜひやらせて欲しいという気持ちだったんです。

-そしてKenTさんは、この中では1番新しいメンバーですね。

Yoma:正式に加入となったのは今年の9月かな?

-正式なメンバーとなる前に、いきなりONE OK ROCKのツアーのオープニング・アクトとして大舞台踏むっていうすごい始まりでしたね。

Yoma:そうだった、2回目のライヴが大阪城ホールというね(笑)。

KenT:はい(笑)。

-もともとどういうふうにドラムをスタートしたんですか。

KenT:ドラムを始めたのは、9歳とか10歳くらいだったんです。今、10年目くらいで。きっかけとしては、もともと音楽やバンドが身近な環境だったんです。地元が三重県なんですけど両親がイベンターをやっていて、地元の小箱で月に2~3本のライヴ・イベントをやっていて。そこにいつもついていっていたので、バンドを観て育ったという感じで。その当時はダンスをやっていたんですけど。いろいろやりたくなるじゃないですか。当然そういう場所にいると、楽器をやりたいなと思って。で、ドラムをやろうっいうので、ちょっとやってみたらできたので。

Ranmalu:できたんだ(笑)。

KenT:じゃあ始めようと。その当時はメロコアとか、メロディック・パンク、スカ・パンクを聴いていたんですけど。そのあとSLIPKNOTに出会って、超メタル小僧になりまして(笑)。ちょうど時期的にメタルコアやスクリーモが流行っていたあたりでエモ・キッズになって、今はJ-POP聴いています(笑)。

-みなさん見事にバラバラなところがあって面白いですね。YomaさんはこのThe Winking Owlを始めるにあたっては、どういうバンドにしようと?

Yoma:実際に始めるときは、それほど明確なヴィジョンはなかったんです。アメリカでやっていたバンドが女性ヴォーカルで、PARAMOREやスクリーモに影響を受けたバンドだったので、その延長線上というか。当時作っていたけどできなかった曲もあったので、それをやりたいなと思っていたんです。それで、帰国してすぐに活動できるように、帰る前からSNSに音源をアップして、メンバーを募集して。明確なものはなかったんですが、ちゃんと日本でこのバンドとして成功したいっていう気持ちはあったんです。それですぐに活動しようと思ってました。

-Luizaさんもそういう中で出会ったヴォーカルだったんですか。

Yoma:それがまた違った経緯で。ヴォーカル候補の人は何人かいたんですけど、ちょっと違うかなと感じていたんです。Luizaは高校の後輩で、高校時代、軽音部で一緒にバンドをやったこともあったんですね。留学してる間は、連絡とっていなかったんですけど、ヴォーカルをどうしようとなったときに、そういえばLuiza誘ってみようかなと思って。

Luiza:友達経由で連絡がきたんです。そのときまで私、ライヴハウスにはあまり行ってなかったし、バンドもあまり観たことがなかったんです。友達はバンドやライヴが好きでよくライヴハウスに行く子で、その子経由で"バンドで歌ってみないかって言ってるよ"って(笑)。じゃあ、今は特に何もしてないし、いいかっていう感じでした。

-意外ですね。まあ、いいかくらいの軽い感じだったんですね(笑)。

Luiza:考えてみるとそうでしたね(笑)。将来的には何かできたらいいなくらいで、音楽の専門学校には行っていたんですけど、特に活動はしてなかったので、いいお誘いをもらえたなと思ってます。

Yoma:そういうきっかけでLuizaが入って。メンバー・チェンジは結構あったんですけど、今の体制に落ち着きました。

-メンバーが固まって、こうして作品を作っていく中で変化はありますか。

Luiza:曲はよりポップになってきた感じがありますね。

Yoma:音楽性は少しずつ変わってきたんですけど、それは曲作りの方法が変わったり、前作のミニ・アルバム『Supernova』(2014年リリース)からruiさん(fade)がプロデュースで入ったのも大きかったと思いますね。それまではアレンジもすべて自分たちでやっていて、いいと言ってくれる人もいたし、ある程度満足していたんです。さっきのアコースティック・アルバムを出して、次にバンド・サウンドで何か作るとなったとき、どういうものにしていったらいいのかなと悩んでいたんです。その時期にruiさんと知り合って。いろいろ話している中で、プロデュースしてもらうことになりました。