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INTERVIEW

JOB FOR A COWBOY

2008.04.17UPDATE

2012年04月号掲載

JOB FOR A COWBOY

メンバー:Ravi Bhadriraju(Gu)& Jonny Davy(Vo)

インタビュアー:ムラオカ

―初めての来日ですが日本はいかがですか?

Jonny Davy(以下J):ホントに素晴らしくてアメリカとはいい意味で大分異なっているかな。カルチャーも違うし期待以上だったよ!
Ravi Bhadriraju(以下R):ライブとはこういうものだっていうすべてのものが揃っていて素晴らしい体験だったよ!

―オフではショッピングや日本食は食べましたか?

R:バッチリ日本食を食べたよ!食券で購入する店に入ったんだけど、券売機に食べ物の写真があって自分でそれを見ながら選ぶことができたのは新鮮だったな!
J:一昨日の夜はみんなでお寿司を食べたよ。ショッピングはトイショップに行きたいと思っているんだけどまだ行けてないんだ。滞在中にぜひ行ってみたいと思っているよ。

―(レーベル担当者に)インタビュー後はメンバーはオフなのですか?

レーベル担当者:ラヴィは寿司以外の日本食を食べたいと言うのでもんじゃ焼きに連れて行きますよ。ジョニーは秋葉原に連れて行く予定ですよ。

R:生き造りのたこを食べたいと思ってるんだけどなかなか食べることのできる店がないらしいんだ。アメリカ人のほとんどは生き造りのものは嫌がるのだろうけどオレはいろいろな国の食べ物にチャレンジするこがと好きだから生き造りのたこはぜひチャレンジしたかったんだけどな。

―ヘヴィミュージックにはまるきっかけを教えてください。

J:実は母親が大のメタル好きだったんだ。PANTERA、METALLICA、MEGADTH、QUEENSRYCHEなんかを聴いていたからその影響でオレも自然に聴くようになっていたんだ。アメリカのメタルファンなら誰でも知っているバンドばかりだけどね。
R:オレはジョニーとは違って家庭環境からメタルにはまっていったって分けじゃないんだ。オレの場合は自分のルーツのインド音楽か聴き始めたんだけど、なぜかそこからMETALLICA、MEGADETHを聴くようになったんだ。

―ラヴィはインドで生まれたんですか?それともインド人の血が入っているのでしょうか?

R:オレはいわゆる二世だよ。ただ周囲の環境にインド系が多かったから自然にインド音楽は聴くようになったよ。

―バンド結成は2003年と聞いていますが、その頃はまだ15~16歳でしたよね?
かなり若い頃から始めたバンドですしJFACがあなたたちにとって初めてのバンドなのでしょうね?

R:そうだな、俺たちが結成したのはオレが15歳でジョニーが16歳だった時だよ。オレにとってはJFACは2つ目のバンドだ。ただ1つ目のバンドはライブもやらないようなバンドだったから実質的にはこれが始めてのバンドだと言っていいと思うな。
J:オレにとってはJFACが始めてのバンドだよ。ただJFACは結成したころはよくあるガレージでふざけて演奏しているレベルのものだったからバンドって言えるのかどうかどうか微妙だったけどな(笑)。

―初めて結成したバンドで順風満帆にレコードデビューまでいくことができるバンドはなかなかいないと思いますが。

R:確かにまわりのバンドやってるやつに聞いてもレコードデビューまでいくのに5バンドや6バンドやってきているなんてやつらはざらだしまさに君の言う通りかもしれないな。俺たちの場合、バンドを始めたのが15、16歳でしかもそのバンドをずっと続けてきて、それがこんなに注目されるようになったってことは自分たちから見ても凄くラッキーだと思ってるよ。
J:オレもまさに同じで15、16歳のときにガレージでやってきていたのがそのままこんなところまで来てしまっているようで現実感がないな。

―フルアルバムをリリースしてから少し経ちましたが周囲の反響はいかがでしょうか?

R:今現在は非常に良い反応だよ。ただアルバムをリリースした頃は、その前のEPの頃からのファンにとっては少しショックだったみたいだな。きっと彼らが想像していたのとは全く違うようなアルバムだったんだろうな。だけど徐々にこのアルバムはEPより良いものだということが分かってくれたみたいだよ。

―それはつまり、EPはデスコアと言われるようなハードコアの影響を受けているサウンドだったのに対し、このフルアルバムではオーセンティックなデスメタルサウンドになったことに対してのファンの反応のことをおっしゃっているのでしょうか?

R:まさにその通りで、EPは確かにデスコアと呼ばれていて、でも結局巷にはそういうバンドがいっぱいいたから彼らやEPと同じことを繰り返してもしょうがないという気持ちがあったんだ。だから次にやるからには違うことをやろうとは思っていたんだ。