FEATURE
キズ
2023.06.09UPDATE
2023年06月号掲載
Writer : 清家 咲乃
「おしまい」に始まり破竹の進撃。独自の行動哲学、多彩な楽曲――刹那的な緊張感の中で
"VISUAL ROCK"の現況をファン・コミュニティの外側から窺うのは、今、なかなかに難しい。自発的にアンテナを立てなければ、彼らの世界には交われない。もちろん気鋭の"VISUAL ROCK"のバンドたちはそのことに誰よりも自覚的である。そんななかで外部へ開き、外部を拓こうとしているのがキズというバンドだ。
来たる6月18日に開催される東海地区最大級の入場無料ロック・フェス"FREEDOM NAGOYA 2023 -EXPO-"。いわゆるロキノン系からメロコアやラウドロックの知名度上昇中の若手までが名を連ねる、邦ロック・シーンの縮図のようなラインナップにおいて、キズは唯一の"VISUAL ROCK"として出演する。これを快挙と取るか、はたまた"たった1組だけ?"と取るかで割れそうなところだが、少なくとも、彼らがジャンル外へアピールする力を持っているとみなされたことだけは確かだ。本稿ではその理由を探ってみたい。
キズのすべての楽曲の作詞作曲を手掛けているのはフロントマンの来夢だ。作曲作業が嫌いで、音源よりもライヴ至上主義であると公言している彼だが、その手腕の巧みなこと。そしてリファレンス源の多さは頭抜けている。昨年激ロックに掲載のインタビューで語っていたように、幼少期にピアノを習いクラシックをルーツとしているため、「ELISE」での引用や「雨男」のような壮大なストリングス・アレンジもお手のもの。並行して日本の歌謡曲も好んでおり、培われたメロディ・センスは「十九」、「平成」などに生きている。一方でヒップホップも大好きだといい、「ストロベリー・ブルー」ではスクラッチや打ち込みのビートを局所的に取り入れたミクスチャー・サウンドを展開。"トラップ"というワードもたびたび飛び出しているので、今後の作品に期待感が強まる。そのほか、先述の"一撃"ではすでにシンガー・ソングライターの大森靖子、ROTTENGRAFFTYのNOBUYA(Vo)、THE冠の冠 徹弥らジャンル内外のアーティストと競演を果たしている。来夢のハイトーン・ヴォーカルの凄まじさはこの企画で証明された。
キズ 10th SINGLE「ストロベリー・ブルー」MV FULL ver.
もちろん、多様な楽曲は演奏できなければ意味を成さない。4人中3人はキズ以前よりバンド活動をしていたことも功を奏し、ライヴのパフォーマンスは文句なしに良質だ。「傷痕」、「中庭」でデスコア由来の刻み、「豚」でシャッフル、「ピアスにフード」でジャジーなフュージョン系Djent的フレーズを弾きこなすreiki(Gt)、テクニカル・ベーシスト御用達、DINGWALLの5弦を使いスラップからヘヴィなフレーズまで駆使し、「ストーカー」、「症状その(2)」では怪しげな存在感を放つユエ、「おしまい」でツービートを、ポスト・ロック調の「美しき日々」とニューメタル調の「ヒューマンエラー」、「地獄」でニュアンスを叩き分けるきょうのすけ(Dr)。感情を剝き出しにしながらも、曲が大きく崩れることなく観客を熱狂させる手腕は、フェスのようなアウェーであっても損なわれないはずだ。
キズ 7th SINGLE「ヒューマンエラー」MV FULL ver.
2017年春の始動時から、キズの活動は話題性に事欠かない。メンバーの素性を一切明かさないまま"声明文"と電話番号の記されたフライヤーを公開し、3日間にわたって送話者の悩みや不安を聞くという企画は、鮮烈なファースト・インパクトとして未だ記憶に新しい。同年8月には初となるワンマンを開催。キャパシティを遥かに上回る応募が集まり、わずか1秒でチケットは完売した。秋に行われた初主催ツアーでも複数公演がソールド・アウト。翌年には早くもZepp Tokyoでの4thワンマンへと駒を進めた。バンドの規模拡大に時間がかかるようになっている近年、他ジャンルのバンドを含めてもこのスピードでの進撃は異例と言える。2019年にはホール・ワンマン・ツアーを敢行、さらに2会場同時開催ライヴなど挑戦的な試みでファンを楽しませた。コロナ禍においては一時解散も考えたと明かしつつ、4周年企画として"一撃"と題されたヴォーカル・セッション動画シリーズをYouTubeにて公開。大きな反響を呼んだ。2022年にはLINE CUBE SHIBUYA、日本青年館ホール、日比谷公園大音楽堂にて単独公演を成功させ、本年3月にはNHKホール公演を達成している。
こうしてバイオグラフィを文字で振り返ると、ただ順調に歩を進めてきたように思えてしまうが、実際の彼らはそう見えないのが不思議だ。なぜか。特異な企画はすべて、"売れる"ため趣向を凝らした戦略ではなく問題意識や疑念から生まれているものだからだ。例えば始動時の電話相談は"誰のために歌うのか"を確認するため、いち人間同士で対話することが目的だった。白服限定ギグには、"清潔な白い衣服を着て音楽を楽しめるという平和に感謝しなくてはいけない"と戒めのような動機があった。こうしたことを絶えず考えながら、なおかつ向き合って行動に移すのは決して楽ではないだろう。中でも戦争や社会情勢への問題提起が多い点も特筆すべきところだ。8月6日に広島、9日に長崎でライヴを行うなど、音楽と政治的な言説の分離が求められがちな現在では、ともするとファンが敬遠してしまうのではという直接性まである。これはヴォーカリスト、来夢の持つバックグラウンドに起因する。中学生で留学を経験し、以降何度もいろいろな国を訪れたという来夢は、アジア人差別や各国の歴史認識の違いを目の当たりにしてきたという。ガレージ・バンドなども楽しみつつ、世界中に残る争いの爪あとを体感したことが楽曲や活動に結びついているのだ。彼が肌感覚で知ったことで、真実味が生まれる。"黒い雨"を英詞版"Black Rain"として展開できるというのも強みだ。
キズには他と一線を画す固有の魅力がある。しかし、彼らは"ひとり勝ち"を求めない。あくまで"VISUAL ROCK"への愛着と経緯を表明しつつ、意志を共有できる仲間たちとともに駆け上がっていくこと、後輩へバトンを託すことを望んでいる。あくまで暫定的な旗手として、さらに広い世界へ漕ぎ出してゆく。その行方に注視したい。
▼キズ
来夢(Vo/Gt)
reiki(Gt)
ユエ(Ba)
きょうのすけ(Dr)
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