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FEATURE

Steve Harris

2012.10.14UPDATE

2012年10月号掲載

メタル・シーンの帝王、IRON MAIDENのリーダーにして、ベース、ヴォーカル、ソングライティングを担当してきたキーパーソン、Steve Harris。彼がその長きキャリアで初となるソロ・アルバム『British Lion』をリリース

Writer 沖 さやこ

Steve HarrisがIRON MAIDENを始動させたのが1970年代半ば。メタルというジャンルが誕生した頃から活動を開始し、1980年にリリースした『Iron Maiden』で、ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル(通称NWOBHM)の立役者としてシーンに君臨。35年間の活動期間中に15枚のスタジオ・アルバムをリリースし、全世界で8500万枚以上のセールスを記録。58ヶ国、2000ヶ所以上でライヴを行っている。2010年に発表した最新アルバム『The Final Frontier』は世界28ヵ国でNo.1を獲得し、アメリカでは彼らにとっての最高位となるNo.4を飾るなど、チャート上ではメイデン史上最大の成功作となった。これだけ長い歴史を持ちバンドが第一線で活躍しているだけでなく今でも記録を伸ばし続けているという例は他に聞いたことがない。まさにモンスター・バンドと言って良いだろう。
同年6月からは特別仕様のボーイング757機Ed Force Oneで世界の空を股にかけ“The Final Frontier World Tour”へと旅立つ。66日間で5大陸を巡り、シンガポール、インドネシア、韓国にも初めて飛んで公演を行った。2011年には『The Final Frontier』収録楽曲「El Dorado」でアメリカのグラミー賞ベスト・メタル・パフォーマンス部門の初受賞を果たした。IRON MAIDENはまさに世界を代表するメタル・バンド。Steveはその中心人物である。

IRON MAIDENというビッグ・バンドの実権を握る彼が、なぜサイド・プロジェクトを始動させたのか? その理由はこのアルバムを聴けばご理解いただけるであろう。IRON MAIDENのサウンドのイメージのままこのアルバムを再生すると、その音楽性の違いに驚くリスナーも少なくないはずだ。『British Lion』は、彼の音楽的探究心が凝縮された作品であり、巨大なモンスター・バンドであるIRON MAIDENを離れたからこそ作ることが出来るプライヴェートな1枚だ。

Steveとその仲間たちの計5人が、過去数年間にわたって、IRON MAIDENのレコーディングやツアーの合間を縫って作り上げた全10曲。プロデューサーには、IRON MAIDEN、LED ZEPPELIN、JOURNEY、RUSHなどを筆頭に数多くのアーティストを手掛けてきたKevin Shirleyが起用されている。“British Lion”――イギリスの獅子と名付けられたこのアルバムのジャケットには、鋼鉄のライオンが描かれている。鋼鉄の処女である“IRON MAIDEN”よりも、よりパーソナルな側面を見せるネーミングについて、Steveはこの由来に関してこう語る。“イギリス人であることを俺はいつも誇りに思っているんだ。なぜかはさっぱりわからないけど、俺自身でいるためには絶対に必要なことさ。愛国主義者でもないし、説教をしたいのでもないよ。政治的な意味は全然ないんだ。自分の地元の、好きなサッカー・チームを応援するような感覚だね。それが何かひとつの強力なイメージ生み出す力にもなると思うし、俺にとってはそれがサウンドととても合っているんだ”。

そんな10曲はまず“多彩”という1言に尽きる。1点に定まらない音楽性がこのアルバムの個性と言っていいだろう。だがすべての曲が哀愁や陰影を感じさせるブリティッシュ・ロック然としているところも特徴だ。ハードなギター・リフで幕を開けるリード・トラック「This Is My God」「Lost Worlds」は心の中に蠢く感情をゆったりと紡ぐ。ヴォーカルを務めるRichard Taylorの、今にも泣き出しそうな憂いが滲んだ歌声も胸の奥をくすぐる。彼が刻むしなやかなメロディと強靭なリフが重なり、美しく危うい空間に浸る。1曲の中で様々な側面を見せるドラマティックな展開は、ブリティッシュ・ロックの常識も通用しない。力強いロック・バラード「Karma Killer」、物悲しい「Us Against The World」からの、アメリカン・ロック・テイストの「The Chosen Ones」への開放感は思わず拳を掲げたくなるほど見事だ。転調やテンポの変化を取り入れたプログレ調の「A World Without Heaven」はSteveのベースがしたたかにバンドのグルーヴをリードしてゆく。明るく突き抜けたポップ・チューン「Eyes Of The Young」はそのタイトル通り、キラキラした希望に満ちたナンバー。IRON MAIDENでは聴くことが不可能なギター・ロック・テイストの楽曲だ。Richardのウェットなハイ・トーン・ヴォーカルが映える「These Are The Hands」のスケール感には思わず陶酔。ストリングスとピアノが奏でるマイナー・コードが印象的な「The Lesson」で幕を閉じる。

Steveが1曲1曲でIRON MAIDENでは出来ないサウンドや展開を作り出し、それが結果的に彼のパーソナリティを映し出している今作。多彩でありながらもどことなく派手さに欠けるところは、そういう個人の意思が影響しているのかもしれない。ビッグ・バンドのコンポーザー/プレイヤーとしてではなく、音と向き合うひとりの音楽家としての探求作。Steveの知られざる顔を見るには格好の作品だ。(沖 さやこ)

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