INTERVIEW
KISAKI × seek(Psycho le Cému)対談
2026.02.18UPDATE
同時代を生き抜いてきた、KISAKI × seek(Psycho le Cému)というありそうでなかった対談企画がここに実現した。両者は四半世紀以上にもわたる絆がある上、来たる3月15日に開催される"KISAKI 生誕半世紀記念祭「BEYOND THE KINGDOM -Fest of Excellence-」"にはPsycho le Cémuも参加することになっているという。果たして、関西ヴィジュアル系シーンを駆け抜けてきた2人が語る過去/現在/未来とは──
KISAKI
Psycho le Cému:seek(Ba)
Interviewer:杉江 由紀
Photographer:尾藤 能暢
KISAKI Hair Make : A・DO
seek Hair Make : 渡辺 雅江(i:z)
KISAKI Hair Maintenance:hiko(UNDIVIDE)
衣装協力:OZZ ON JAPAN
-ともに長年にわたりシーンで活躍されてきているKISAKIさんとseekさんですが、お2人の関係は遡るといつ頃からのものになるのでしょう。
seek:僕は昔から一方的によく雑誌でも拝見していましたし、KISAKIさんの活動はずっと拝見してたんですけど、たぶんライヴでご一緒させていただいたのは1999年にPsycho le Cémuを始めてからで、当時のKISAKIさんはSyndromeとして活動されていた頃だったんじゃないかなと思います。
KISAKI:そうだね。Syndromeが2000年結成だったんですけど、たしか始動当初には対バンしてた気がします。あと、当時"SPARK"っていうTVのヴィジュアル系番組があって、そこでPsycho le Cémuがめちゃくちゃフィーチャーされてたんですよ。僕等もその番組にはいろいろと良くしてもらっていて、一緒に"SPARK"のイベントに出たなっていう思い出もありつつ、Syndromeのイベント("PSYNICAL WALTZ Vo.3")に出てもらったこともありましたね。
-では、かれこれ四半世紀以上のお付き合いになると。
KISAKI:僕自身は大阪出身なんですけど、seekは姫路で、お互いに関西が地元っていう意味での親近感も結構ありましたしね。それに、もともと僕は姫路のバンドとは何かと縁があったりするんですよ。っていうことで、今回はそんな中でも特に存在感にインパクトのあるseekを対談の相手として呼んでみました。
-1993年頃から音楽活動を始められ、2000年の時点でStella MariaやLa:Sadie's、MIRAGE等様々なバンドで活躍されていたKISAKIさんから見ても、Psycho le Cémuとseekさんの存在は際立っていたということなのですね。
KISAKI:際立ってるどころか最初は"なんじゃこりゃ?"でしたよ(笑)。"こう来たか!"とも思ったし。それまで姫路のバンドってどこも基本的に正統派で上手いっていうイメージが強かったんで、その姫路からついに"こんなパラレル・ワールドみたいなバンドが現われたのか!!"って衝撃でしたもん。でも、見た目だけじゃなくちゃんと上手かったしね。エンターテイナーとしてこのバンドは人気出るだろうなって感じてました。
seek:ほんまですか? そう言っていただけると嬉しいですね(笑)。ちなみに、うちのヴォーカル DAISHIとギター LidaはPsycho le Cémuの前身バンド(MYU)の頃からKISAKIさんにお世話になっていて、KISAKIさんのレーベル(Matina)から出た『NEW AGE CULTURE~第二楽章~』(1999年リリース)っていうオムニバス・アルバムに参加させていただいたということもありました。
-1月に日本武道館公演をもって解散した、Waiveの杉本善徳(Gt)さんが在籍していたRayも参加していた伝説のオムニバス・アルバムですね。
seek:あのアルバムに参加してたバンドやと、Shiverもそこにいたメンバーが後にBAROQUEだったり、メリーになってたりしてますからね。KISAKIさんは自分自身の活動もしながら、関西の若手バンドを早くからピックアップして世に送り出したり、プロデュースすることも90年代から積極的に始めてはったのが凄いなと思います。
-KISAKIさんはベーシストであり、作詞作曲もされる上、プロデューサー、オーガナイザーとしてもシーンに携わってきていらっしゃいますものね。
KISAKI:まぁ、当時オムニバスCDを作る人って大阪だと他にいなかったんですよ。まだみんなそれぞれに粗削りではあったけど、なんか光ってるものはあったからやってて純粋に面白かったですね。あと、僕としてはみんなが東京に出る前に一緒にやっておきたかったというか、新しい大阪のシーンを一緒に盛り上げていきたいっていう気持ちも強かったんです。というのも、seekたちの世代が出てくるまでの関西シーンって閉鎖的というか、体育会系な雰囲気が強かったんで、もうそういうのは取っ払って同じ目線で先を見ていけるバンドたちと、相乗効果を生み出しながら新しい関西シーンを作りたかったというか。実際、『NEW AGE CULTURE~第一楽章~』(1997年リリースのオムニバス・アルバム)も『NEW AGE CULTURE~第二楽章~』も事務所がどうとかそんなの関係なしで、みんな"なんか楽しそうやから、ぜひうちのバンドも入れてくれ!"っていう感じで、速攻で全部バーンと決まった感じでした。
-KISAKIさんの企画力と実行力はさすがですね。
seek:後輩である僕等からすると、KISAKIさんがやってこられたことを見て学んだものって多いんですよ。自分たちやったらこうしてみよう、みたいに勉強させてもらったこともたくさんありますからね。まだシーンのいろんなことが固まり切ってなかった時代に、僕等にとっての教科書みたいなものを作ってくれたのがKISAKIさんなのかなと。
KISAKI:ありがとうございます。とにかく、当時は売れてる大阪のバンドはみんな東京に行って、あの頃いろいろあった雑誌にもバンバン載って、っていう流れが主流でしたからね。ただ、一方では"名古屋系"ブームみたいなのもあったじゃないですか。
-黒夢、Merry Go Round、ROUAGE、Laputa、FANATIC◇CRISIS(現FANTASTIC◇CIRCUS)等が世に出てきた時代を経て、のちのkein、deadman、lynch.へも続いてきている血脈のようなものが名古屋にはありますね。
KISAKI:ああいうイメージとか世界観も俺はすごく好きで、当時は大阪に住んでましたけど、名古屋に住みたいなと思ってたこともあったくらいですから(笑)。俺としては、大阪でもそういう盛り上がりを作りたいなとずっと思ってたんです。
seek:あぁ、そういうことやったんですね。
KISAKI:名古屋のバンドってみんな結束力がすごい高かったじゃん? そういう憧れとかもあって、俺は俺で大阪で気の合うバンドたちを集めてレーベルを作ったり、イベントをやるようになったんですよ。音楽的な方向性とか、バンドとしての色は多少違ったとしてもね。むしろ、同じようなバンドだけでつるむほうが面白くないから、積極的にいろんなバンドと絡むようにしてました。
seek:今思うと、当時は今みたいにSNSとかYouTubeもなかったんで、お客さんたちの方もライヴハウスにバンドを発掘しに行ってる感じでしたよね。
KISAKI:いやもう、まさににそうだと思う。ライヴハウスに行って、フライヤーを貰って、そこからバンドを発見していくとか。ライヴハウスでしか売ってないデモ・テープを買って聴いたりね。現場に行って初めて分かることが多かったと思います。
seek:僕等でいうと、拠点にしてた姫路ベータっていうライヴハウスがそういう場所でしたね。姫路のシーンに触れようと思ったら、まずは姫路ベータに行くのが一番みたいな。バンド側からしても当初は姫路ベータにマネジメントの役割を果たしてもらってたところがあって、何かとお世話になってました。KISAKIさんの場合、ライヴハウスで最初に良く出入りしてたのって大阪のどのあたりになるんですか?
KISAKI:ほんっとの最初に出たライヴハウスは枚方ブロウダウンっていうところ。DIR EN GREYの京と出会ったのもそこで、京とLa:Sadie'sを始めるようになって、いろいろ拡げていった感じですかね。
-枚方ブロウダウンは2005年に閉店しているそうですが、Janne Da Arcが育ったライヴハウスとしても有名でしたね。
KISAKI:枚方ブロウダウン以外にも寝屋川VINTAGE、梅田ギルドとか小っちゃいとこも出てましたよ。難波 ROCKETSと心斎橋ミューズホール(現OSAKA MUSE)はどっちもオーディションがすっごい厳しくて、よく仲間内で"あいつらミューズとかロケッツの審査通ったらしいで!"って話題になるくらい敷居が高かったけど(笑)。
seek:僕等もそうでした。当時はKISAKIさんのイベントっていうことじゃないと、今で言うOSAKA MUSE、心斎橋ミューズホールはなかなか出られませんでしたもん。
KISAKI:そういう事情もありつつで、あの当時イベントは梅田のamHALLでやることが多かったかな。あそこと梅田HEAT BEATは俺が飛び込みで店長とかブッキング・マネージャーに直談判して、イベントをやらせてもらうようになったんですよ。
seek:KISAKIさんのそういうところもすごいなと思いますね。Psycho le Cémuを始めた頃の僕等なんて何も深くは考えてなくて、とりあえず大きな事務所に行けばお給料が貰えて音楽で飯が食えるんだ、くらいの浅い考えでしかなかったです。
KISAKI:若い頃はそんなもんだと思うよ。
-しかも、今やseekさんもアーティスト兼社長業をこなされる立場ですし。
seek:そういう意味では、事務所に所属した上での活動を経験させてもらえたからこそ見えるもの、っていうのもありますね。あれはあれで本当にいい経験やったなと思うし、Psycho le Cémuが活動を休止してから新たにAYA(Psycho le Cému/Gt)君とMix Speaker's,Inc.を始めよう! となったあたりから、バンドマンとして自分がやっていきたいことを実現するにはどうしたらええのか、っていうことをちゃんと考えるようになりました。CD一つ作るにしても、イベントを組むにしても、一から何かを始めるっていうのは自分にとって初めての経験だったんですよ。若くしていろいろされてたKISAKIさんと比べると、20代後半からのスタートやったんでだいぶ遅い感じでした(苦笑)。
KISAKI:時期的に遅く始めたんだとしても、大成功してるじゃない。Psycho le Cémuもここまでには紆余曲折あったとは思うけど、今も続いているって素晴らしいことだと思うし。個人的には、2023年に30周年のイベント("KISAKI BANDWORKS 30TH ANNIVERSARY LIVE「BEYOND THE KINGDOM -OSAKA-」")をBIGCATでやったときに誘ったらすぐOKしてくれたことにも感謝してるんですよ。だって、誘いたくてもバンドが続いてなかったら誘えないですからねぇ。
-たしかに。なお、今年は3月15日にBIGCATで"KISAKI 生誕半世紀記念祭「BEYOND THE KINGDOM -Fest of Excellence-」"が行われますが、そちらにもまたPsycho le Cémuが出演されるそうですね。
KISAKI:俺からするとPsycho le Cémuは後輩とかいうよりも、同じ時代を生きてきた仲というか、同じ釜の飯を食った仲間みたいなもんやから、自分の50歳の節目を記念するイベントにこうして出てもらえるのはすごく嬉しいしありがたいです。ただ、seekは今めちゃめちゃ忙しそうだよね? いろんなバンドやってるし、ソロもやってるでしょ?? プレイヤーとしてあれだけいろいろやってると、曲を全部ちゃんと覚えるのって頭爆破するんちゃうか? ようやっとるな、すごいなと思いながら見てる(笑)。
-Psycho le Cému、MIMIZUQ、ソロ、昨年からはmachineのサポートもされていらっしゃいますものね。
seek:もうとっくに頭の中はぶっ壊れてる感じがしますけど(笑)、自分にとってはそれぞれにやる意味があることばかりですし、結局はマネジメントとか裏方の業務を自分でやってるのも全ては音楽活動とかバンドのためですからね。去年からHAKUEIさん(PENICILLIN/The Brow Beat)とKiyoshiさん(hide with Spread Beaver/MADBEAVERS/Lucy/freeman)のやってるmachineでベース弾かせていただくことになったのも、自分の今までの軸とは全く別のところで声を掛けていただいたことがきっかけやったりするんで、自分はベーシストとして何をどこまでできるんやろう? っていうところで、45歳を超えて新たなことに挑戦するいい機会を1つ与えていただいたような気がしてます。それに、いろんなことを拡げていってはいますけど、ちゃんと戻ってくる場所も作れてるのかなという考えもあるんですよね。Psycho le Cémuとして日本武道館をやりたい、っていう目標もずって持ち続けてますし。
KISAKI:それはすごい素敵なことだと思う。やっぱり、45(歳)とか超えてくると何を始めるにも吹っ切らないとできないことやからね。逆に、吹っ切ってやめていく人も出てくるし。でも、そこをさらに超えると今や50代半ばとか還暦に向かってガンガン走り続けてる人たちもいるから、今年50歳の自分はまだ止まるわけにいかない! と思ってアルバム『Voice in Sadness』(2026年3月)を作ったわけ。今はパーマネントなバンドをやってるわけではないけど、シーンで何か残せるならこのターニング・ポイントじゃないのかなっていうので、"KISAKI 生誕半世紀記念祭「BEYOND THE KINGDOM -Fest of Excellence-」"の企画も考えたんですよ。当日は協力してくれるPsycho le Cémuをはじめとした皆様と、思いっきり楽しく騒げたらいいなと思ってます。




























