INTERVIEW
KISAKI
2026.02.13UPDATE
2026年02月号掲載
祝、生誕半世紀。1996年から1997年にかけて活躍したLa:Sadie's(DIR EN GREYの京、Die、薫、Shinyaが在籍)を筆頭に、これまで長きにわたりヴィジュアル系シーンの中で圧倒的な存在感を放ちながら音楽活動を続けてきたKISAKIが、このたびV系人脈のみならずメタル界隈からも豪華ゲスト陣が多数参加した生誕半世紀記念メモリアル・アルバム『Voice in Sadness』を完成させるに至った。美しくも儚い劇的な音がここにある。
Interviewer:杉江 由紀
Photographer: 尾藤 能暢
Hair Make : A・DO
Hair Maintenance : hiko(UNDIVIDE)
Costume : ID JAPAN
-KISAKIさんの生誕半世紀記念作品『Voice in Sadness』は表題曲を含む新曲3曲と、既存曲の新録が2曲、そしてリミックス7曲を合わせた計12曲のアルバムとして仕上がりました。今作の制作にあたり、KISAKIさんが特に打ち出したいと考えられていたのはどのようなことだったのでしょうか。
僕がここまで生きてきた半世紀のうち、もう33年くらいはずっとヴィジュアル系の世界でやってきたことになるんですけど、自分の場合はあんまり激しい音楽だけをやってきたわけではないんですよ。美しさや儚さ、クラシカルなものとロックの融合という部分を持ったアーティストに影響を受けてきたところが大きいので、今回の作品に関しては作曲スキルの面でそこをどこまで追求できるのか、という自分に対しての挑戦になりました。そして、完成した曲はそれぞれゲスト・ヴォーカリストの方たちに歌ってもらうことも決まっていたので、幅広くいろんな曲を作れたという意味でも、今回の制作は自分にとって達成感がとても大きかったですね。
-作曲をしていく際、完成度を高めていくために必要不可欠だったアプローチとはいかなるものだったのでしょう。
僕の生きてきた証をどれだけ曲の中に込められるか、っていうのが何より大きなポイントだったと思います。やっぱり、50歳ともなってくると自分が明日どうなっていくかも分からないし、ここ数年はコロナ禍があったり、尊敬していた先輩で亡くなられた方たちもいらっしゃいましたしね。音楽をやりたくてもできなくなる状況が、いつどんなふうに訪れるかはほんとに分かんないなと感じるだけに、今の自分ができること、今の自分がやりたいことを形にしておきたい、っていう気持ちがとにかくデカかったんですよ。
-今作のクレジットを見ますと、各曲においてKISAKIさんは"Bass&Programming"と表記されておりますので、作曲段階からDTMを駆使されていることになりますか。
僕はもうプログラミングに命をかけてるところがあるので、作曲は昔からDTMバリバリでした。たぶん、導入したのは2000年代に入ってからだった気がします。周りがどんどん使い出した時期に"このままじゃ置いてかれる!"と思って始めました(笑)。
-では、独学で身に付けられたのですね。
完全に独学です。もともと理論とかは全くない人間だったんで、最初は鍵盤とかボタンを押しながら"この音で本当に合ってるのかな?"と思いつつ、エンジニアさんとかプロデューサーさんと相談しながらいつも作ってましたけど、なんか、それでも"大丈夫ですよ、それでいいんです"って言われてましたね。
-理論から固めていくのとは違って、独学の場合は自由な発想から曲を作れる利点もありそうです。
まさにそうなんですよ。ここでこの音がこんなふうに出るんだな、とか。この音とこの音が重なったらこんな面白い化学反応が起きるのんだ、っていうようなやり方を僕はずっとやってきてます。今でこそ多少は理論も分かるようにはなってますけど、別に理論を学びたいとは思ってないし、将来的に音楽の先生になりたいとも思ってないんで(笑)。自分のやりたい音楽をやりたいようにやってるだけだから、未だに夜中に四苦八苦しながらずっとパソコンと戦ってます。その甲斐あってか、近年はKISAKIのサウンドっていうものがより確立されてきたなっていう実感もありますね。自分のやってきたことは間違いじゃなかったのかな、って感じてます。
-KISAKIさんは当然バンドで一から音を作っていくことの醍醐味もよくご存じでしょうけれど、DTMならではの面白さや利便性は多々ありますものね。
スタジオでメンバー同士が集まって、意見を出し合いながら曲を作っていくとなると、良くも悪くも何人かの意向が入ってくるんで、自分が思ってる100パーセントのものにはならないですからね。そういう意味ではソロの作品を自分だけで完成形まで持っていけるのがDTMの良さですし、まだコロナ禍だった2023年に活動暦30周年のアルバムを3ヶ月連続で3枚(『Providence』、『Afterglow』、『Preuve d'etre』)出したときは、家で1人で作れることにすごいありがたみを感じました。ただ、それでも最終的には生楽器もやっぱり必要なんですよ。今回もいろんなゲストがレコーディングに参加してくれてますし、ドラムに関しては信用してるドラマーがいるんで彼に全て任せていて、フレーズも好きにしてくれていいよっていうことでやってもらってます。
-森谷亮太さんのことですね。
彼は30周年アルバムのときも全曲叩いてくれてて、普段はドラム・スクールの先生もやってるんですよ。理論にもめちゃくちゃ詳しいんで、アレンジの面でもすごく助かってます。でも、彼は今あんな爽やかな顔して先生やってるくせに、もともとはハードコア畑の人間ですからね(笑)。僕の後輩から紹介されて知り合ったんですけど、当時からライヴで観てもドラムはピカイチでした。それが今や風貌も当時とはガラッと変えて、子供からおじいちゃんおばあちゃんまで、100人以上生徒がいる先生になってるからすごいですよ。
-なおかつ、KISAKIさんにとっては良き相棒でもあると。
いやほんとに。リズム隊として最高の相棒です。
-そんな森谷さんの素晴らしいプレイも堪能できる『Voice in Sadness』には新曲が3曲収録されておりますので、ここからは各曲についてのお話も伺ってまいりましょう。まず、表題曲「Voice in Sadness」についての解説をいただけますか。
アルバムのタイトルにもなってるくらいなんで、僕の中だと今回一番思い入れの強い曲ではありますね。順序的にはまず先に"Voice in Sadness"という言葉があって、それをアルバム・タイトルにすることは決めてたんですよ。その後この曲ができたときに、これを表題曲にしようって決めました。そして、自分が50歳を迎える節目でアルバムを出そうとなったとき、さっきも言った通り美しさと儚さを持ったものを作りたいと思ったんですね。それプラス、今の音楽業界に対する挑戦的な側面も入れたいという気持ちが僕の中には明確にありました。
-といいますと?
それこそ"激ロック"に載ってるいろんなアーティストもそうだと思うんですけど、今って激しくてラウドなもののほうが評価されがちなところがなんとなくあるじゃないですか。でも、僕としては"曲そのものの良さで勝負したい"みたいなところがあるので、メロディや苑(摩天楼オペラ)君の歌、歌詞の一つ一つにこだわっていったんです。歌詞の内容も、バンド・シーンに対するメッセージ性みたいなものを入れたりしてるんですよ。
-なるほど。30周年アルバムのときにもたくさんのゲスト・ヴォーカリストが参加されていましたが、今回「Voice in Sadness」を苑さんに歌っていただくことにした理由も教えてください。
苑君には30周年アルバムのときにも歌ってもらってますし、やっぱり僕は彼の声が好きなんですよね。この曲で大事にしたい美しさと儚さっていうところを表現するなら絶対に苑君だなと思って今回もオファーしたら、快諾してくれたんですよ。基本的に摩天楼オペラ自体はメタル・バンドっていう認識をされているんでしょうけど、苑君は運命交差点っていう別プロジェクトでメタルとは違う音楽もやってるし、コロナ禍にはYouTubeでいろんなジャンルの曲を歌ってるのも観てましたから、僕としては"苑君ってなんでも歌える!"っていう認識なんですよね。今回の「Voice in Sadness」も苑君がしっかり感情を乗せて歌ってくれたことによって、この先ずっと何十年も生き続けていくような曲に仕上がったんじゃないかと思ってます。
-なお、この「Voice in Sadness」の歌詞には"こんな世界を狂おしいほど愛して "という一節がありますが......
"こんな世界"っていうのは、僕から見たヴィジュアル系の世界のことです(苦笑)。もちろん僕はこの世界が好きで33年やってきてますけど、時には理不尽な目にあったこともあるし、一時的にとはいえこの世界を好きじゃなくなったこともありますからね。それでも、50歳を迎えようとしてる今に至るまで自分はこの業界を愛し続けてきているんだよ、ということをここでは改めてちゃんと伝えたかったんです。
-シーンの裏も表も知っているからこその、愛憎がこもった一節だと感じます。
振り返れば、もう"こんな業界アホらしい"って何度思ったか分かりませんよ! だけど、やっぱり好きなんですよね、この世界が。しかも、ありがたいことに自分はいろんなバンドをやったり、今もこうして音楽をやれているわけで、それは紛れもなく幸せなことですから。まぁ、50歳以降の自分がどうなっていくのかはまだよく分からないですけど、とりあえずこの節目では愛情だけじゃなく嫌味も入れておきました(笑)。
-KISAKIさんはヴィジュアル系の申し子であると同時に、もはやヴィジュアル系の虜というか、ヴィジュアル系に呪われているとも言えたりして?
たしかにちょっと呪われてるとは思います(笑)。何をするにしてもそこを中心に考えちゃうところがあるし、ステージに立つ以上は化粧もするし、衣装もパチッとしてないとダメだと思うし、ヴィジュアル系っていう言葉をバカにされたらすごい腹立ちますしね。僕が大きな影響を受けたのはYOSHIKI(X JAPAN/THE LAST ROCKSTARS/Dr/Pf)さんなんですけど、YOSHIKIさんは今でも美しくグローバルな活動をされてるじゃないですか。憧れてたアーティストに少しでも追い付きたいって今も思うし、自分も10代のときからこの世界で活動を始めて、どんなときでも命をかけながらやってきたんで、いずれ命が枯れるときが来たとしても後悔しないように全うしていきたい、っていう気持ちはほんとに強いです。


















