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INTERVIEW

ADAM at

2021.07.12UPDATE

2021年07月号掲載

ADAM at

インタビュアー:荒金 良介

ピアノ・インスト・シーンのトップを走るADAM atが、7thフル・アルバム『Daylight』を完成させた! 過去に"FUJI ROCK FESTIVAL'19"に初出演した際はライヴ・ベスト・アクト2位に選出、また、前作『零』はTOWER RECORDS"2020ベストセラーズ"のジャズ・チャート日本人1位という輝かしい記録も樹立。そんなADAM atがなぜ激ロックに登場するのか、不思議に思う人もいるかもしれない。今作にはあのSKINDREDのヴォーカル、Benji Webbeフィーチャリング曲を収録するなど、ジャンルを越境した様々なスタイルの楽曲がひしめく1枚に仕上がっているのだ。生粋のメタラーであるADAM atに話を訊いた。

-ADAM atさんの音楽活動は2011年のインスト・セッション・バンドが始まりですよね。当時はどんな思いで立ち上げたのでしょうか?

ライヴハウスで企画を立てるイベンターみたいなことをやっていたんです。場所は浜松で基本的に車社会ということもあり、バンドを観に来る方たちが18時半開演のライヴに間に合わないことも多かったんですよ。それで私がオープニング・アクトとして出て、時間を伸ばそうと思って始めたんです。

-それがきっかけなんですね。

なので、メンバーを固定すると、ライヴができないから。すぐにできるメンバーを集めて、簡単なコードにして、リズムは四つ打ちでやろうと。

-その頃に培った音楽性は今も生かされていますか?

そうですね。オープニング・アクトから始まったから、どんなに頑張って歌詞を書いても絶対に響かないので。だったら、メロディだけでいいだろうと思い、インストにしたんですよ。で、インストにも興味ないだろうから、四つ打ちでずっと聴かせているうちにお客さんが身体を揺らせば勝ちだなと。バスドラの四つ打ちや、シャッフルっぽいベース・ラインは今でも継承してますね。

-ピアノは小さい頃から触れていたんですよね?

5歳からピアノを親に無理矢理習わされたタイプで、レッスンの日はよく抜け出してました(笑)。当時の男の子はサッカーとファミコンでしたからね。ずっと嫌いだったけど、小学5年の頃に父親がTHE BEATLESのピアノ譜を買ってくれて、とても素敵な曲があるなと。それをピアノで弾くことが楽しくなり、音楽が好きになりました。で、中学2年でBryan Adamsと出会って、未だに僕の中のロック・スターですね。それで中学の夏休みに先生から"ふたり以上で1曲演奏して、新学期に披露しなさい"と課題を与えられて、自分でインスト曲を作ったんですよ。それが初めてのバンドですね。

-中学から作曲されていたんですね。

作曲が好きというより、譜面通りに弾くのが嫌だったんです。めちゃくちゃ弾いているうちに、今のフレーズいいなと思ったら、それを録音してました。

-性格的にセオリー通りにやるのが嫌いなタイプ?

そうですね。それで人生をいろいろ踏み外しました(笑)。

-音楽はBryan Adamsのあとに何を聴いたんですか?

高校で社会人の方とバンドをやる機会があり、DEEP PURPLE、RAINBOW、DIOとか鍵盤が入ったハード・ロックをやることになり、いろいろCDを貸してもらったんです。で、小林克也さんの番組"ベストヒット USA"を録画したビデオを貸してもらい、Ozzy Osbourne、IRON MAIDEN、DREAM THEATERを観たんです。「Over The Mountain」や「Miracle Man」(共にOzzy Osbourneの楽曲)を聴いて、かっこいいなと。ピアノではできない曲に憧れたんですよ。

-というのは?

ギターの歪みの音はピアノでは絶対に出せないから。シンセのギターの音もあんなにかっこ良く、重くはならないんですよ。そこでもう一度ピアノが嫌いになったんです。

-メタル最高! という時期に突入したと。

はい。それから重い音楽こそ正義という感じになり、BURRN!で高評価のものは全部買ってました。あと、そのバンドが前にやっていたバンドも聴いて。例えば、WHITESNAKEなら、元ギタリストのJohn Sykesがやっているバンドを聴いたり......。

-BLUE MURDERとか?

はい。TYGERS OF PAN TANGも聴いてました。遡って知るものもかっこいいなと。90年代後半からヘヴィ・ロックが流行りましたけど、個人的にはそのあたりも好きで、今作にも直結するんですけど、メタルと何かを融合させたものが出てきたじゃないですか。低音に特化している感じがピアノにはできないことだから、それにまたショックを受けたんですよ。KORN、SLIPKNOT、DUB WARとか。

-えっ、SKINDREDの前身バンドであるDUB WARも聴いていたんですか!?

はい。他にはCANNIBAL CORPSE、NAPALM DEATH、CARCASSなども観に行ってましたし、もちろん北欧系のメタルもちゃんと聴きました。

-先ほど名前が出たヘヴィ・ロック/ニュー・メタル系バンドに惹かれた理由は?

メタルに機械的な要素が入るとか、FEAR FACTORYみたいなものとはまた違う感じで、DJやスクラッチ音が入るのは意外なイメージがあったけど、男臭いのにオシャレな感じが面白いなと。

-LIMP BIZKITとかまさにそうですよね。

はい。遡りますが、SEPULTURAとか民族要素を入れて、音を重くするのもかっこいいなと。

-トライバル・メタルの名盤『Roots』ですね。

そうです。昔、鍵盤を卒業したくてドラムをやっていた時期もあったんですけど、その頃はPANTERAとSEPULTURAのコピーをやってましたからね。

-ガチガチのメタル好きですね。ADAM atさんが音楽を作るうえでニュー・メタルやミクスチャーの影響も大きいんですか?

そうですね。ジャンル的にはジャズ・バンドの括りになっていますけど、今までの人生でかっこいいと思ったのはやはりメタルなんですよ。今はジャズをやっているけど、メタルをやらない必要はないから。自分がかっこいいと思ったものを昇華したいんです。当時かっこいいと思ったリフを、どんなふうにピアノで表現できるかなと。例えば、ピアノの最低音で弾いたら、意外にもリフと合うんですよ。ギターやベースよりも音が非常にクリアで硬いから、こういうこともやっていこうと。それもピアノが弾けたから気づいたことだし、ピアノの基礎練習が嫌いだったから気づけたことですね(笑)。まぁ、向こうではドラム缶を叩いてます(※SLIPKNOTは曲によってドラム缶をパーカッションとして叩く)からね。それでかっこいい音楽が成り立つなら、ピアノでもメタルは成り立つだろうと思ったんです。

-SLIPKNOTができるなら、僕にもできるだろうという。では、ADAM atさんのこれまでの活動の中でターニング・ポイントになった出来事は?

シンガポールでライヴをやったときに向こうの予算がなくて、僕とギターしか呼べないとなったんですよ。ベースとドラムは現地のミュージシャンでなんとかしてくれと言われたんです。現地のミュージシャンは若いけど、めちゃくちゃ上手くて、こんなにベースとドラムで音が変わるんだなと。その経験を経て、日本に帰ったら、実力派ミュージシャンにお願いすることに決めたんですよ。自分が持ってるレベル以上のものを引き出してくれる人と、一緒にやったほうがいいなと思って。

-なるほど。

もうひとつは「サイコブレイク」(2018年リリースの4thフル・アルバム表題曲)という曲を作ったときに鍵盤の一番低い音で始めて。しかもリフだったんですけど、それを作ったことも大きな転機ですね。ジャンルにこだわらずに作って、ファンの方にも気に入っていただけたんですよ。自分が作りたいものを作り、カテゴライズは周りに決めてもらおうと思いました。