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INTERVIEW

Death I Am

2016.06.13UPDATE

2016年06月号掲載

Death I Am

Member:Shogo Tsuruda(Gt) Jacob Wilcox(Vo) Kaz Niita(Dr)

Interviewer:今谷 重治

-インタビューとしては激ロック初登場となりますので、まずはバンドの紹介からお願いします。

Shogo:Death I Amは、日本語が一切しゃべれないアメリカ在住のアメリカ人ヴォーカル(Jacob)と、日本在住ですがほぼアメリカ育ちの僕とKazからなる、3ピースの国際デス・メタル・バンドです。やっている音楽はデス・メタルが軸になっていますが、他のサブ・ジャンルからも影響を受けていて、単純に一番かっこいいと思う音楽を作っています。

-JacobさんとShogoさんが2007年に出会われたその経緯を教えていただけますか?

Shogo:僕が高校2年生のときに日本に帰ってきたんですけど、そのあと大学に入って仲間と軽いノリでメタル・バンドを組んだんです。で、大学時代に1年間アメリカに留学したんですけど――そのバンドの新曲を作るたびに、ヴォーカルが入っていない状態の音源を留学先の友達にバラまいていたんです。そしたら友達の中のひとりが、"地元の友達が(Shogoのバンドの)インスト音源にヴォーカルを勝手に入れてきたから、聴いてみようよ"って、それで聴いて度肝を抜かれたのがJacobで。"なにこれ!? この人に会ってみたい"って実際に会ったら――Jacobはあまり先のことを考えないタイプなので、"一緒にバンドやろう"って言われて。"でも僕らのバンドは日本で活動してるんだから無理でしょ"、"いやぁ全然できるでしょ"って感じであまりにも"やる"の一点張りだったので、"わかった"って言ってやり始めたのがこのバンドですね。

Jacob:初めて音源を聴いたときに、"これだ"と感じたんだ。ずっと自分がやりたかった理想の音楽をやっていて、このバンドで一生活動したいと思ったよ。

-Death I Amが結成されてから来年で10年が経つことになりますが、この10年を振り返っていかがですか?

Shogo:まだ5年くらいしか経っていない感覚ですね。もともと5人編成のバンドだったんですけど、このバンドを始めたときはKazはいなくて。そのあとはメンバー・チェンジが頻繁にあって、そんな中で僕とJacobだけがずっとバンドに残っていたんです。Kazは2014年の夏に入って――僕がJacobと出会ったのはカリフォルニアなんですけど、高校2年生で日本に帰る前はオハイオに住んでいたんですよ。そこで、僕が中学2年生、Kazが小学6年生のときに初めて一緒にバンドを組んで、X JAPANとかMETALLICAのカバーをやっていました。そのあと日本に帰ることになってバンドは解散したんですけど、Kazとこうしてまた一緒にバンドをやれてるっていうのが、運命的な感じで。そういうこと全部が今すごくしっくりきてるんですよね。結果、この体制に落ち着くまで10年かかりました(笑)。

-それだけいろいろあると10年っていう感覚ではないですね。

Shogo:いろんなことが起きて、いろんな人やいろんな出来事が全部ふるいにかけられて残ったのがこの3人だったみたいな感じですね。そういう意味ではすごいピュアというか、残るべきものだけが残ったと感じています。

Kaz:なので、あえてベースは入れないでこの3人の状態でやってます。

-ちなみに、2011年に"激ロックFES vol.7"に出演していただいてますが、当時はイタリアのDESTRAGE、スペインのRISE TO FALLと共演されてますね。

Shogo:当時、他の外タレが出るイベントよりも、激ロックのライヴの方が若くて勢いがあって人が集まるっていうくらい人気があって。で、そのときに激ロックさんからお話をいただいて、それがホントに嬉しくて。"ぜひお願いします"って感じで出させてもらったんですけど......そのときは"やっと海外アーティストの前座を務められるとこまできた"っていう達成感はあったんですけど、ツアーが終わったあとに"このままじゃダメだ"っていう焦りも出てきたんです。海外のバンドも実際に会ってみると、そんなに地位が高いものではないし、自分たちも海外から来たバンドと対等であるべきだと思って。それからは海外バンドの前座を務めることを積極的にはやらなくなって......というかJacobが海外にいるので、ある意味僕らも海外バンドなんですけど(笑)。だから、そのときは"国内バンドと海外バンドの壁"みたいなものが、実力面じゃなくて政治的なところで感じたというか。

Kaz:当時、僕はDeath I Amではなく違うバンドにいて、ライヴを観に行っている側だったんです。激ロックって当時のイメージでは、スクリーモとかそっちの方面なのかなっていうのがあって。その中でDeath I Amのようなコテコテなバンドは受け入れられるのかなと思っていたんですけど、実際はDeath I Amのファンもいたし、かなり盛り上がっていて、すごいなと思いましたね。

Jacob:東名阪の3公演で、最後は渋谷clubasiaでやったんだけど、そこのステージが広くてすごく楽しかったよ。ホントに思い出に残っているライヴだ。

Kaz:Death I Amがやったライヴの中では一番規模が大きかったんじゃないかな。

Shogo:たしかに。ステージからの景色はすごく良かったですね。

Jacob:そのときツアーを一緒に回っているバンドはそこまでブルータルじゃなかったから、俺たちの演奏を観たお客さんが、唖然とした感じで口を開けていたのがすごく印象的だったな。他のバンドがそこまでヘヴィじゃなかったぶん、俺たちのときは"やっとモッシュできるぞ"みたいな感じで、ガンガン盛り上がってくれたよ。

-ライヴをやるときはJacobさんが来日されて短期間で集中的に行うとのことですが、そうなると年間のライヴ数もそこまで多くできないのが現状ですか?

Shogo:少ないですね。多いときでも1年間に10本くらいです。それもホントに初期の話で、学生のころって時間が自由に使えるじゃないですか。Jacobが日本に来たときも1ヶ月半くらい滞在していたんですけど、今は全員仕事もあるし、1週間が限界なんですよ。なので、今度のツアーは常に30分の隙もないくらいの超タイトなスケジュールなんです(笑)。