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INTERVIEW

sever black paranoia

2012.07.11UPDATE

2012年07月号掲載

sever black paranoia

メンバー:Daisuke (Vo&Synth) Kotaro (Gt) Jun (Ba) Yousuke (Dr)

インタビュアー:MAY-E

-エレクトロを取り入れたメタルコア・バンドは他にもいますが、sever black paranoiaは他のバンドよりもっとエレクトロ・ミュージックに主軸を置いているように感じました。まず、メンバー皆さんのバック・グラウンドを教えてください。

D:当時から聴いていたのはやっぱりメタルだったんです。大きくsever black paranoiaをやろうってきっかけになったのがCELLDWELLERのKlaytonの影響なんですけど、彼がやっているような作曲方法にすごい憧れていて、彼のCDが擦り切れるんじゃないかってぐらい聴いていました。CELLDWELLERの影響が一番強いですね。

K:洋楽の入りとしてはLINKIN PARKとかなんですけど、僕は本当にギター小僧という感じですね。Jimi Hendrixからハード・ロックとかパンクとかプログレッシヴを辿ってNIRVANAでオルタナティブに入って、RED HOT CHILI PEPPERSに行ってという流れですね。その辺の王道はかなり辿っていますね。で、最近Daisukeに影響されて聴いているアーティストはイスラエルのINFECTED MUSHROOMとか、MESHUGGAHとか結構エグいメタルも聴いてます。

Jun(以下J):最初はパンクとかメロコア系がその頃に流行っていたというのもあって、Hi-STANDARDとかBRAHMANはやっぱり通っていて、そこからSLIPKNOTを聴いてメタルがすごい好きになって、そこからは一時的にHELLOWEENとかSONATA ARCTICAとかも通ったんですけど、結局のところ今何が一番好きかって言われると、アメリカのFINCHの2ndアルバムが一番好きです。これはメンバー全員好きなんですけど、芸術的に素晴らしい作品だなと思って最近も思い返して聴いていますね。

Yousuke(以下Y):僕はまず高校時代にSUM41にハマって、その後に東京に出てきて専門学校に入学したときにGOOD CHARLOTTEとか、西海岸の少しマニアックなJUST SURRENDERっていうバンドとか、その時エモが流行っていたのでそこを通って、ENTER SHIKARIに行きました。ENTER SHIAKRIの1stアルバム『Take To The Skies』には一番影響を受けましたね。2ndアルバムも3rdアルバムもいいんですけど、ENTER SHIAKRIというか『Take To The Skies』という作品自体に一番感銘を受けました。

-曲作りはどのように進められているのでしょうか。

D:僕が作曲もして歌詞も書いているんですけど、ひとつまず僕がアンサンブルを作りますね。曲の原案を全て1回作って、ドラム、ギター、ベースも重ねた状態でメンバーにこの曲はどうだろうって投げて、そこからメンバーが独自にアレンジしていくというような方法を取ってます。

K:ほとんどDaisukeの世界観を表現しています。

-なるほど。Daisukeさんの世界観を4人で表現していく、具現化していくというようなイメージなんですね。

K:そうですね。歌詞に関しては僕らは一切触れていないですね。

-当初はVJを迎えて、ライヴでは映像をリンクさせた演出を取り入れていたそうですね。ロックというジャンルではあまりない発想ですが、そのアイデアを取り入れた経緯を教えてください。また、現在のライヴにVJは取り入れていないのですか?

D:現在はVJは入れていないですね。漠然と音楽と映像をミックスさせたら面白いんじゃないかなという発想があったんですよ。

-それはDaisukeさんの発想ですか?

D:僕の発想ですね。VJというワード、VJという人間がどういうポジションで活躍しているのかも最初は詳しくは分からなかったんです。ただ漠然と映像と音楽を一緒にやりたいというのがまずあったんです。映像なんですけど、普通にスクリーンに映る“絵”としてというよりかは“光”、照明的な役割として欲しいかなというのがあって。要はやっていたパフォーマンスというのが自分がスクリーンの前に立ってその影をスクリーンに映したりとか、そういう絵、ステージ像を作りたかったんです。やっぱりその活動をしていく中で、元々はドラムがいなくてバックにVJの人間がいるという状態だったんですが、どうしてもやっぱり生のドラムがないとバンド・サウンドのアンサンブルをスピーカーで鳴らすのが無理があるというところに行き着いたんです。

K:外音が特にね(笑)。

D:で、やっぱり生のドラムが欲しい!音圧が欲しいということになって、ドラムも入れて一時期メンバーが揃ったときには5人で活動をしていました。VJの人間がデザイン関係の職場に就職するということで脱退してしまったんです。逆に今見つめ直している部分というのが、VJがいた頃というのはその演出に少し頼っていたというか、本来音で表現する、攻める部分をVJが抜けたことで見直すって状況にはなれたかなと思います。