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INTERVIEW

lantanaquamara

2019.01.15UPDATE

lantanaquamara

メンバー:SO(Gt/Vo) 川光(Vo) マタロウ(Ba)

インタビュアー:宮久保 仁貴

東京を中心に活動するポスト・メタル・バンド lantanaquamara(読み:ランタナカマラ)。彼らが、前作『ランタナカマラ』から約2年ぶりの新音源「ネオンテトラ追放」をデジタル形式でリリースした。ジャンルへのこだわりが音楽自体を縛ってしまうことは、音楽シーン全体として多々見受けられる現象だろう。その概念にとらわれず、新たな挑戦を行うことから、本作の制作がスタートした。これまでポスト・メタルを掲げて活動してきた彼らだが、本作はジャンルの縛りを取っ払い、コンポーザー SOが今まで封印してきた音楽要素を取り入れ、新たな扉を開いた意欲作。今回、激ロック初登場のため、彼らの近年の活動や思考をひもとくべく、バンドの成り立ちから本作「ネオンテトラ追放」にまつわる諸々を、メンバー全員にうかがった。

-まずは激ロック初登場ですので、バンドの歴史を教えてください。SOさんが発起人だとお聞きしたのですが。

SO:そうです。lantanaquamaraは僕のソロ・プロジェクトとして2012年の12月にスタートしました。ISISやCULT OF LUNAのような音楽がやりたくて、曲を書き始めて。最初は、ひとりで制作プロセスを完結できるインストのバンド音楽でいいかなと思っていました。ただ、やはり曲を詰めていくなかでヴォーカルや歌詞が欲しいなと思いまして、2013年にもともと知り合いだった川光に声を掛けました。その直後ぐらいだったかな、SoundCloudに上げていた音源が気に入ったということでマタロウから連絡がありました。会って話してみたら、音楽嗜好が深くて、且つシンセが弾けるということだったので、じゃあ、お願いします、みたいな感じで。前作の『ランタナカマラ』(2016年リリースの1st EP)までは、実質僕のソロ・プロジェクトだったので、川光とマタロウはあくまで共同制作者という立ち位置。ただ音源をリリースしたことでバンドとしてやっていける可能性を感じて、lantanaquamaraを正式に"バンド"として動かすことに決めました。そのタイミングでマタロウがベースに転向、川光と共に正式加入し、現在に至るといったところですね。

マタロウ:当時SO君のSoundCloudには一応メンバー募集みたいなことが書いてあったんですけど、シンセサイザーは募集要項になかったんですよ(笑)。ただ、SO君がアップしていたデモ音源とシンセサイザーの融合に、直感的に可能性を感じたんですよね。それで、とりあえずメールを送ってみたら、すごく丁寧なメールが返ってきて(笑)"これは......すごく人柄が良さそうだな!"と思い、実際に話して彼のプロジェクトに参加することを決めました。

SO:音楽の趣味も所々で一致していて、初めて会ったときはSQUAREPUSHERとかCANの話をしたよね。

マタロウ:そうだね。あまりロック感のない集まりでした(笑)。最初、自分はシンセサイザーとして絡めればと思っていたんですが、何分ベースがいない状態で。成り行きでやってみようかなと思い、今のポジションに収まりました。

-その反面、SOさんと川光さんは旧来からの知り合いだったかと思います。

SO:大学在学中、僕と川光は同じ軽音楽部に所属していたんです。僕は1ヶ月くらいでやめちゃいましたけど、そこからの付き合いですね。川光はヴィジュアル系が好きなんですけど、当時の僕は典型的なメタラーだったので、ヴィジュアル系に抵抗があって。音楽の趣味的には相容れない仲でした。ただ、彼が部活でマキシマム ザ ホルモンのコピー・バンドをやったときのパフォーマンスがカッコ良くて、それだけはよく覚えていた。部活をやめて大学を卒業するまでの4年間、川光とはまったく接点がなかったのですが、いざlantanaquamaraを動かし始めたとき、フロントマンとして彼の存在が浮かび上がってきたんです。

-なるほど。続いては、改めて"lantanaquamara"というバンド名の由来を教えてください。過去のメディア露出の際にも言及されていなかったかと思います。

SO:バンド名を"lantanaquamara"と名付けた理由は、ふたつあります。まずひとつめの理由は、"有機的な響きのバンド名にしたかったから"です。僕はISISの『Wavering Radiant』にめちゃくちゃ影響を受けているんですけど、あのアルバムのサウンドをひと言で表すと、"有機的"だと思っていて。自分のバンドの名前も、有機的な響きのあるものにしたいなと。であれば有機物から名前を取りましょうということで、"ランタナ"という花の学名をもじった"lantanaquamara"という名前に行き着きました。もうひとつの理由は、カタカナで書いたときに読みやすく、且つ響きがカッコいいと感じられるものを選びたかったということ。いろいろな花や動植物を調べていった中で、"ランタナカマラ"という響きが、自分の中で一番しっくりきたんです。

-続いては、lantanaquamaraの音楽性について、ひと括りにポスト・メタルだとか、特定のジャンルで括れない音楽性だと個人的に感じております。この機会に深堀りすべく、改めてみなさんの音楽ルーツを教えてください。

SO:僕はもともとHR/HM畑の人間です。音楽に興味を持ったきっかけは中学生のときに聴いたSEX MACHINEGUNSで、そこからIRON MAIDENを知り、ヘヴィ・メタルというジャンルを初めて意識しました。当時流行っていたCHILDREN OF BODOMなどを通して、エクストリームな音楽もいける口になりました。

-今回リリースされた「ネオンテトラ追放」のバッキングやリードにメタル要素を感じます。

SO:そうかもしれません。ただ、そんな僕にもメタルを一切聴いていなかった時期があって。きっかけはRADIOHEADの『Kid A』なんですけど。『Kid A』は、自分がずっと聴いてきたロックやメタルの文法ではまったく理解が追いつかない音楽性の作品で、最初かなり困惑したのですが、次第にそのすごさに気づいて。この音楽をどういうふうに作っているのか、何という音楽ジャンルに該当するのか、気になったんです。そこから激しいロック音楽と徐々に距離を置くようになり、アンビエントやドローン、IDM、ポスト・ロックなどを掘り下げ始めました。20歳くらいのころです。レーベルで言うと、Warp RecordsとかKranky Recordsのアーティストに特にハマりました。そんな『Kid A』起点の音楽開拓も1年ほどで落ち着き、またヘヴィなものが聴きたくなってきて、着地したのがISIS、MESHUGGAH、TOOL、envy、SUNN O)))、といったバンドたちです。このあたりの嗜好がlantanaquamaraに繋がっています。"メタル"という枠組みの中だとMESHUGGAHが一番好きで、人生の中で最も再生回数の多いバンドだと思います。また最近はLUNA SEAやsukekiyoに熱中していて、国内ヴィジュアル系のシーンに興味を持っています。主観ですが、海外のバンドだけを追い掛けていると出会えない可能性が高い音楽性のバンドがたくさん居るシーンなのかなと。中でも、LUNA SEAとsukekiyoは僕のヴィジュアル系に対する偏見を壊してくれた、とても重要なバンドです。

川光:僕はその反面、黒夢から始まって、LUNA SEA、DIR EN GREY、MUCCなど淡々とヴィジュアル系を追い続けていました。思春期も90年代のバンド黄金時代でしたし。海外のバンドを聴くとしてもMARILYN MANSON、KORN、SLIPKNOTなど、ヴィジュアル系バンドがルーツに持つであろう音楽でした。バンドの音楽を聴くときに、もちろん音も好きなんですけど、ヴィジュアル系の音楽が表現しているような、もっと漠然とした"世界観"に浸るのが好きなんです。そういった意味で、SOの書いた音楽からインスピレーションを受け、言葉を綴る今のポジションは、これまでの僕の音楽の聴き方と一貫しているんだなと思います。

-川光さんの幻想的な歌詞は、lantanaquamaraを表す要素の中でも必須ですね! ちなみに、音楽性の違うSOさんと一緒に活動されるにあたって、当初はどのような印象を受けましたか?

川光:最初SOが"ポスト・メタルをやろう!"と言ってくれたんですが、当時の自分はそっちの畑にあまり詳しくなくて。できるかぎり寄せようと思っていたら、いつの間にか彼の方からヴィジュアル系に歩み寄ってくれたんですよね。いいものはジャンルに関係なくいい。こういう柔軟性があるからこそ、彼の音楽が好きなんですよ。

SO:DIR EN GREYの「DIABOLOS」という曲を聴いて、"これ、ポスト・メタルじゃん......"と思ったことが歩み寄りのきっかけだったかな......(笑)。ヴィジュアル系、いつまでも知らんぷりしてたら損するかも、って。

-だからこそ、いい意味でジャンルに縛られない独自の音楽性ができたのだと思います。

マタロウ:僕も世代的に、LUNA SEAがきっかけでした。そのあと、友人の勧めでRADIOHEAD、NIRVANA、BECKあたりに触れて。だんだん時代を遡ってSEX PISTOLSやTHE CLASH、日本だとLIP CREAM、GAUZE、G.I.S.M.あたりのジャパコアを掘っていきました。一時期そういった音楽にどっぷりハマったあと、歳を経て、再びLUNA SEA熱が再燃しました。ちょうどそのころSO君に出会ったんですよ。先述のとおり、彼はもともとヴィジュアル系が好きではなかったんですけど、彼の周りのバンドマンたちから "LUNA SEAはいいぞ"と推薦があったらしく。それ以降、スタジオでも思わずLUNA SEAのリフを弾いちゃうくらい、彼のLUNA SEA熱は止まらなくて、クリスマスにひとりでライヴを観に行ったりとか(笑)。そこから、バンドとして打ち解けた感じはしましたね。

川光:LUNA SEAが共通言語になったよね(笑)。