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INTERVIEW

Runny Noize

2018.08.01UPDATE

2018年08月号掲載

Runny Noize

Member:洲崎 貴郁(Vo/Gt) 山田 健人(Vo/Gt) フクシマテツヤ(Vo/Ba) 児玉とみー優也(Dr)

Interviewer:加藤 智裕

-ちゃんと相乗効果を生んでいらっしゃるんですね。そして2013年にフクシマさん、児玉さんが加入されました。こちらはどういった経緯で?

フクシマ:僕と児玉は音楽の専門学校の同級生で、卒業後も唯一遊ぶ親友でして。遊んでるときに"稲川淳二のライヴに行こうよ"って誘われたんですよ。むちゃくちゃ楽しみにして行ったら、なぜかこいつ(山田)もおって。

山田:いいやん別に(笑)。

児玉:ここ(児玉、山田)は中学からの付き合いがあって。

山田:初めてバンドを組んだメンバーなんですよ。音楽性の違いで児玉が抜けていって。

洲崎:かっこ良く言うたな。

山田:パンク系のバンドだったんですけど、児玉はメタルとかが好きで、抜けていったけど友達ではあったんですよ。

フクシマ:それで淳二のライヴを通して――

洲崎:淳二って言うのやめろ。稲川淳二さんや。

フクシマ:(笑)そのライヴをきっかけに山田と知り合って。そのときサポートしてたバンドのイベントに出る奴がおらんということで、Runny Noizeを呼んでくれへんかという話になったんです。けど彼らふたり(洲崎、山田)しかいなかったんで、"僕らどうせ出ますしサポートしてくれ"って言われたんですけど、"個人の感覚でメロコア・バンドでサポートは起用するなよ"と思いまして。それで"メンバーになるわ"ってふたりに言ったら、俺覚えてんねんけど、児玉は"えっ"って言うたで。

山田:児玉ずっとこうやってたんちゃう(笑)(※机を見つめる)。

一同:(爆笑)

山田:初めてスタジオ入ったときやんな。1回目で"入るわ"言われて、最初はボケやと思ってたんですよ。"ほんまにメンバーになってくれんの?"っていう。

-フクシマさんと児玉さんは、最初スタジオに入られたときどう思われたのですか?

フクシマ:僕はもともとメロコア・バンドをやっていて。それをやめてファンク、R&Bとかに児玉と移ってたんですよ。それでサポートという形でやったときに"うわっ、メロコア楽しいな"ってメロコアの血が巡ってきて、かなりアドレナリンがビンビンでしたね。

児玉:ここ(洲崎、山田)次第かなって思いました。そのときはかなり粗削りやったんで。

山田:今よりもっと酷かったんでね、僕ら......。

児玉:ライヴ中に必ず機材トラブルに見舞われるっていう。1回、(洲崎と山田の)音が止まって、(フクシマが)なぜか肩車されてベース弾いて音止まって、ドラムだけになるっていうことがありました。

フクシマ:山田のトラブルはほんまありえへんのを何回か見てるけどな。例えばマーシャルのヘッドがキャビから転げ落ちるっていう(笑)。あんなんありえへんやん。

-そんなことが(笑)。それではみなさんのルーツを教えてください。

洲崎:僕はバンドにハマる前にずっとJ-POPばかり聴いていて、CHEMISTRYがめっちゃ好きやったんですよ。高校入ったときに周りがバンドをしていて、ライヴハウス行ってみたりしたときにええなってなって、教えてもらってコピーしたのがゴイステ(GOING STEADY)やったんですけど、めちゃめちゃのめり込んだのがELLEGARDENですね。

フクシマ:もともとは高校時代からメロコアをやっていて、Fated Lyenoというジャズとメロコアを合わしたみたいなバンドでずっとやらしてもらってたんですけど、それをやめてからはもう、ファンクですね、僕は。とにかくファンキーを磨き続けてメロコアの血を巡らしたら変なベーシストになってしまいました(笑)。

山田:僕は物心ついたときに母親がGUNS N' ROSES、U2、LED ZEPPELINとかを家やドライブ中に流していたり、休日は父親が家でOASISやTHE BEATLESを流していたりと洋楽ばっか聴いてて。お兄ちゃんが高校ぐらいのときにSUM 41、GREEN DAY、ブリンク(BLINK-182)、NEW FOUND GLORYとかその時代に流行ったポップ・パンクを聴いてて、そっからNOFXとかFAT WRECK CHORDSのバンドも聴いていって、そこらへんですね。

児玉:(山田と)バンドをやる前に、"こういうバンドがいるんやで"とSUM 41、ブリンクとか聴かしてもらったんですけど全然ハマらなくて。SLIPKNOT、MARILYN MANSONとか重い系にハマっていって音楽性の違いで分かれることに(笑)。専門に行ってフクシマとつるむようになって、そこからフュージョンとかを聴くようになったって感じですね。

山田:こいつ(児玉)カラオケ行ったら「風になりたい」を絶対歌うからTHE BOOMがルーツやと思ってん。

フクシマ:GACKTも歌うから(笑)。

洲崎:なんでお前メタルとかかっこつけてんねん。言えや正直に。

児玉:THE BOOMと米米CLUBです。

山田:米米CLUBなんで隠しとんのよ。

-ありがとうございます(笑)。Runny Noizeが届けたいと思う層はいわゆるキッズ層だったりするんですか? もっとそういったバンドとも対バンしてほしいなって思いまして。

山田:そうですね。やっぱそこでやりたいんですよ。

洲崎:お笑いのお客さんは来てくれるんですけど、音楽の――それこそキッズの人たちの前ではやれてないぶん、そこを広げていきたいとこなんですよね。

-ぜひ激ロック読者に届いてほしいです。それで昨年、2017年にデビュー・ミニ・アルバム『We are Runny Noize』をリリースされました。バンドとして結成されて約9年、現体制になって約4年経ってのCDリリースということで、感慨深いところはありましたか?

山田:感動しましたね。念願のというか、やっと出せたなって。よしもとに入ったときも、レーベルもあるし、そこで目をつけてもらってCDとかバックアップしてもらって音楽活動もやっていけたらいいなと思っていたんですけど。ほんまにそのとおりトントンといけたので、めっちゃ嬉しかったですね。ちゃんと形になったなっていう。まだここから頑張らなくちゃいけないんですけど、とりあえずの目標はクリアできたなと。