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激ロック | ラウドロック ポータルサイト

INTERVIEW

NEVERSTORE

2008.07.18UPDATE

NEVERSTORE

メンバー:Jacob Widen(Vo / Gt) / Oscar Kempe( Ba) / Erik Lantz(Dr)

インタビュアー:吉野将志

-激ロックによるインタビューとしては二回目になりますが、今回も宜しくお願いします。現在はSUM41と日本全国をツアーしていますよね。手応えはいかがですか?

Jacob Widen(以下:J) すっごくいいよ!!
Erik Lantz(以下:E):そうそう、すごくいい感じだよね。
Oscar Kempe(以下:O) 来日する前はどういう反応になるのかわからなかったんだけど、どこに行ってもみんなの応援が伝わってきたし、愛情が伝わってきたよ。

-これまで名古屋、福岡、大阪、仙台とまわってきているのですが、どこか観光に行かれましたか?また楽しみにしていたお寿司は食べましたか?

O:大阪で半日オフがあったので海遊館に行って、観覧車に乗ったんだ。でも本当にそれだけだったんだよね。あとは新しい町に行って歩き回って、福岡ではテンプラを食べたよ。

J:お寿司は昨日食べたんだけど、すごくおいしかったよ。こんなにもスウェーデンのお寿司と違うものかとビックリしたよ。

-あなた方三人は幼なじみで、15歳の時にバンドを始めたと聞いておりますが、どのようなきっかけでバンドを始めようと思ったのですか?バンド結成のエピソードがあれば是非とも具体的に教えてください。

J:確かに結成されたのは15,16歳の時で、2000年だったと思うんだけど、そのときに出会って、じゃあリハーサルをやってみようかという話になったんだ。その後、一緒にやろうか?という話し合いも必要なく、次はいつやろうか?という話になっていったんだよ。

-そのときにこの3人だといけるなという感覚はあったのでしょうか?

J:15.16歳で始めたときには別のドラマーがいたんだけど、そのドラマーが一旦抜けてErikが入ったのが3年前ぐらいだったんだ。オレとOscarが曲作りを始めたときはお互いの音楽性も似ていれば、目標も同じだったので、これは絶対に一緒にやらなきゃいけないなと思ったんだ。

-あなた方は『Sevenhundred Sundays』でのデビューまでに6年間の下積み時代をおくってきたと聞いておりますが、その6年間で一番辛かったことと一番嬉しかったことを教えてください。

J:一番辛かったことは前のドラムが抜けた時だね。それが2004年初期のことで、ドラムなしの状態が一年ぐらい続いて、これからどうなっていくのか不安だったんだ。そんな時にErikが登場して、これでやっとかたまったなと思ったんだ。それがまた一番うれしかったことだったよ!!

O:前のドラムが抜けてErikが入るまでの一年間は本当にいろいろなことがあって、さらにその後にレコード会社から契約してくれないかという話をJacobからの電話で聞いたときが一番うれしかったな。

-新作『Heroes Wanted』を聞かせていただきました。前作に引き続きとても素晴らしい作品になっていますね。今作は前作と違いタイムラグなしでここ日本でもリリースされることとなりましたが、今の気持ちを教えてください。

E:ありがとう。

J:1枚目を発売できただけでも本当にうれしいのに、さらにもう一枚発売できるなんて最高の気分だよ。

O:この瞬間をずっと待ち望んでいたんだよ。

-ファーストアルバムをリリースしたときと同じような気持ちなのでしょうか?

O:んー違う種類の興奮かな?今回は前回と比べると現実的な感じがするんだ。ファーストアルバムというのは少し実験みたいなもので、その実験はうまくいったと思っているんだけど、セカンドアルバムではもっとでかいことが期待できるのではないかとワクワクしているよ。
今回はSUM41の前座として日本に来たんだけども、もしかしたらそのうち自分たちだけでライブができるようになったら、どんなに最高な気分なんだろうと思ったりもするんだ。

-「Heroes Wanted」というアルバム・タイトルにはどのような意味が込められているのでしょうか?

O:結構考えてタイトルを決めたんだよねー。

J:うんうん、そうだよね。

O:えっと、誰しもヒーローを待ち望んではいるけれども、でも誰もが小さいことでお互いに助け合ったり、世界をよりよいところにできるはずだと思うんだ。ヒーローを待っているのではなく、自分で行動しなきゃいけないんだ。そういう想いを込めて「Heroes Wanted」というタイトルにしたんだ。

-今作は前作同様、疾走感溢れる楽曲からミドルテンポでしっとり聴かせる楽曲などとバラエティに富んでいる作品だなと感じたのですが、最初からこのような作品を作ろうと意図していたのでしょうか?

J: どういう曲が生まれるかはやってみないとわからないと思うので、曲作りを始める前にこんなものを書きたいということをあんまり考えないで曲作りをしたんだ。アルバムには13か14曲入っていて、日本の場合はボーナストラックもあるんだけども、実は全部で30曲ぐらい作ったんだ。その中からベストなものを選んだから、バラエティに富んだアルバムになっていると思うな。あと今回は短期間で曲作りをしたので、幅の広い曲を作ることができたんじゃないかなとも思っているよ。