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INTERVIEW

Serenity In Murder

2017.02.06UPDATE

2017年02月号掲載

Serenity In Murder

メンバー:Emi(Vo) Freddy(Gt) Ryuji(Gt)

インタビュアー:増田 勇一

次代を担うべき新世代シンフォニック・デス・メタル・バンドとして絶賛の声を集めてきた若き実力派が、待望の第3作を発表。さらなる自己探求のプロセスを経ながら進化と深化の両方を遂げてきたこのバンドの可能性は、その壮大なサウンドスケープと同様に果てしなく広がっている。バンドの音楽的中枢であるFreddy、彼と好対照をなすRyujiというギター陣、そして女性デス・メタル・ヴォーカリストとしての確固たる地位を築きつつあるEmiの言葉から、今作での飛躍の背景にあるものを探ってみよう。

-第3作、『THE ECLIPSE』がついに完成。進化と深化を同時に感じさせられます。

Freddy:自分でもまさにそれを感じていて。もともと、1st(2011年リリースのアルバム『THE FIRST FRISSON OF THE WORLD』)のころから曲作りについては感覚頼りというか、頭で考えて作らないように意識しているところがあるんですね。頭で作られたものにはどこか自分を偽っているところがあるような気がするし、自分の奥底から何かが感覚的に出てくるところまで突き詰めないとダメだな、と思いながらずっとやってきたんです。ただ、1st当時に大学生だった自分としては、2nd(2015年リリースのアルバム『THE HIGHEST OF DYSTOPIA』)のときには自覚的にプロ意識を持つよう心掛けながら作ったところがあったんですけど、結果的に迷いみたいなものが出てしまった気がしていて。そこで改めて気持ちを切り替えて、もっと深いところから出てくるものを形にしようとしたのが今回のアルバムですね。

Ryuji:基本的にやりたいことは変わらずにここまで来たと思っているんですけど、純粋に深化できたのかなと自分の中では思っています。より深いところに行けたというか。曲作りのレベルもずっと進化してると思いますし、演奏だとかレコーディングの知識とかも向上してきているので、それもプラスに作用したところがあると思います。

Emi:1stアルバム当時は私も大学生だったんですけど、ある意味、若さゆえの勢いというか、あまり深く考えることもなく突っ走った感じがあったと思うんです。ヴォーカルに関しても、出てきた曲に対して単純に叫んだりとか、与えられたメロディをこなしていくという感じがあった。2ndではそこでの反省も経て、叫ぶばかりじゃなく自分なりに"歌"というものを意識するようになってきて。今回のアルバムではそれがもっと具体化してきたというか、この場で自分がもっと何をすべきなのかというのを実感しながら、私なりのヴォーカル・スタイルを崩さないまま、さらに歌というものを表現できるようになっているんじゃないかと思っています。

-つまり、前作までに挑んできたことがちゃんと自分の筋肉として身につき、それを使えるようになったのが今作だということですね?

Emi:そうですね。そこでまた、さらに飛躍できたんじゃないかな、と。キーが低いとか高いとかそういった中途半端な違いではなくて、みんなに伝わるような表現だったりとかをより意識できた作品だと思います。

-歌い手として、Freddyさんから提示される楽曲に変化は感じましたか?

Emi:曲に関しては、だんだんとホントにFreddyの精神世界みたいなものがすごく色濃く出てくるようになってきているかな、というのを感じます。やっぱり1stアルバム当時は、"今からスタートするぞ!"という闘いに対する意識というか、そういった勢いみたいなものを私は感じてきたんですけど、2nd、3rdと重ねてきたなかで、違うスタイルの曲があるなかにもテーマに一貫性が感じられるようになってきたというか。ドラマというか、起承転結というか、ひとつのアルバムとしてトータリティがある感じがしますね。

-1stから2ndの発表まではかなり時間もかかりましたが、そこから今作まではわりと早かったですよね。これは前作の制作時に考え抜く作業をじっくりとしてきたからこそなんでしょうか?

Emi:そうだと思います。

Freddy:2ndのときは、迷いながら作っていたところがあって。自分の感覚を信用しきれてなくて、頭で考えてしまってましたね。"みんなが聴きたいのはこんな感じなんじゃない?"みたいなところがあった。でも、そのあとツアーをやって帰ってきて、2016年の1月から6月までを曲作りの期間として設定していたんですけど、もっと自分を研ぎ澄ませて自分を信じられるようにならないといけないなと思うようになって。そのためには......例えば同じ景色を見ながら歩いていても、そのときに聴いている曲によって景色が変わることがあるじゃないですか。田んぼ道を歩くときにメタルを聴くのとピアノ曲を聴くのとでは、自ずと何かが違ってくるはずで(笑)。だから曲に身を任せるというか、極限まで突き詰めて、感受性をフルに使いながら外を歩き回ったりもしてましたね。部屋にこもっていても何も新鮮なものは出てこないので。

Emi:2ndが完成するまでには紆余曲折というか、楽曲にも変更に変更を重ねてきたところが多かったように思うんですね。それに対して今回の曲は、ちゃんと彼(Freddy)の中で着地点が決まっているというか。この曲のここはこの音、というのがすごく明確になっていて、迷いのない状態のものだと受け止められることが多かったように思うんです。ヴォーカルのポイントについても、あらかじめ正解が見えている状態で届けてもらえているのを感じましたし。

-1stアルバム発売当時から"世界基準の大型新人登場!"といった絶賛の声を集めてきましたよね。それが逆にプレッシャーになるようなこともあったのではないですか?

Freddy:そもそもあのころは、自分たちが専門誌に載ることすら想定していなかったんで。ただ、もともとすごく自信満々というか、自信過剰なところがあって(笑)、"世の中にいい曲がないから自分が作るしかないな"みたいなところから始まってはいるわけですよ。で、いざ音源を送ってみたら賛同して契約を持ち掛けてくれるレーベルがあったり、絶賛してくれる雑誌があったり。そこでプレッシャーを感じていたつもりはないんだけど、"この評価が下がったらマズいぞ"みたいな強迫観念が働いていたところはあったかもしれないですね。

Ryuji:1stと2ndの間にはそれがあったかもしれない。ただ、今回はそういうことをまったく気にせずに作れましたね。

Freddy:評価や点数ひとつでバンドが動じてるようじゃダメですからね。あくまで自分たちのためにいい曲を作っているわけで、それはいい点数を取るためじゃないですから。でも、いいものを作っていさえすれば、自ずと評価はついてくるはずだし。

Emi:そういう意味でも前作にはどこか1stの延長みたいなところがあったわけですけど、今回はそういった流れを切り離した状態ですべてやれたんじゃないかなと思います。作詞に関しても、これまでの2作ではあくまで"自分の好きなことを発信する"という部分が大きかったんですけど、今回は曲そのものに対してこんな歌詞を書けばいいんじゃないかというのが自然に見えてきたというか。同時に、リスナーの人たちみんなと気持ちを分け合いたいという欲求が出てきましたね。従来はそんなこと考えていなかったと思うんですよ。とにかく自分が伝えたいことを書く、というのを意識しすぎていたところがあった。でも今作では、例えばみんなで合唱してほしい箇所があれば、そこの歌詞には叫びやすい言葉を選んだりとか。英語ではあってもわかりやすくて、どんな人でもついてこられるようなものを意識してみたり。デス・メタルは叫んでるばかりだから何を言っていても大差ないと考えている人たちもいるだろうと思うんですけど(笑)、自分としては、"叫んでいながらも伝えられるもの"を目指したいところがあるので。