
―初めまして!激ロックと申します。今日はインタビュー宜しくお願いします。
日本はいかがですか?どこかに観光などは行きましたか?
J:昨日来たばっかりだからまだどこにも行ってないんだけど、ちょっと見た感じだと渋谷は凄くかっこいい町だし、日本人はスタイリッシュだよね。実は日本に来たのは初めてなんだけど、夢のようだよ。
―これから行きたい場所などはありますか?
J:ギターショップに行きたいね!あと靴を買いに行きたいな。
T:具体的にどこに行きたいっていうのはないんだけど、とにかく日本の町の姿をたくさん見たいね。
―いつまでいる予定?
T:土曜日までいる予定だよ。
―楽しんでください!ではアルバムのことを聞かせてください。
「Carry On」を聞かせていただきました。フック満載でメロディーが覚えやすく、疾走感に溢れていて、尚且つピュアで、バンドの信念を感じさせるサウンドでした。
アルバムが発売されるにあたって、今どんな心境ですか?
J:バンドのファーストステージをうまく捉えた作品だと思うよ。僕達の強みであるメロディーがうまく強調できたんじゃないかと思う。
はっきり言ってこのアルバムを作るのは大変だったよ。予算も時間も凄く限られていたからね。そういう制限があった中でいい作品が出来たと思うし、誇りに思ってるよ。このアルバムを作る過程で色んなことを学んだから、早く次のアルバムに取り掛かりたくて仕方ないんだよね。
T:正にその通りだね!
J:トニーはシャイだからあんまり自分でこういうこと言わないんだけど、このアルバムを作るにあたってトニーは物凄い力を注いでくれたんだよね。殆どミックスエンジニアと言っていいくらいミックスに関わったし、レコーディングはロスでやったんだけど、デトロイトに戻っていくつか音を足したりする作業があったんだ。それで、トニーは以前にテレビコマーシャルの音を作るスタジオで働いてたんだけど、そのスタジオが閉まった後に俺たちがそこを借りて、色々と手直しの作業をやらせてもらうことが出来たんだ。それもトニーのおかげだからね。彼は秘密兵器なんだ!(笑)
―このアルバムの制作期間はどれくらいだったのですか?
J:デイブ・グロールのスタジオで9月にレコーディングしたのは三日間だけだったんだ。その後デトロイトに戻ってミックスしたんだけど、ミックスをするスタジオは、そのスタジオが空いてる時にしか使えない状況だったから、実際に取り掛かれたのは12月なんだ。少しずつの作業だったから長くかかったけど、実際に計算すると一週間くらいでミックスを終えた感じだね。
―アルバムタイトルを「Carry On」にした理由を教えてください。
J:いい質問だね。まずマネージャーに日本でリリースが決まったから早くタイトルを考えろってせっつかれてさ、最初はバンド名そのままでいいんじゃないかって思ったんだけど、その前にEPをリリースするから、EPのタイトルも決めなきゃいけなくて。「じゃあEPをバンド名にして、アルバムタイトルの方はまた考えるよ」って返事したんだ。
それでEPの中に「Carry On」ていう曲があって、パーソナルな曲だし、これがいいんじゃないかってマネージャーに言われてさ。それでOKしたって感じだよ。でも後々考えると、今の俺たちに合ったタイトルだと思うよ。「Carry On(続く)」ていう言葉は、メンバーが昔やっていたSUCIDE MACHINEとTHE FAGSが解散して、新しいバンドを結成して音楽を続けていく俺たちの姿を反映した言葉だからね。
―私はこのアルバムの中で特に「Smiling Judas」がお気に入りなんですが、この曲が作られた背景や、内容などについて詳しく教えてください。
J:この曲は俺が昔やっていたTHE FAGSのドラマーについて歌ってる曲なんだ。(不敵な笑い)
THE FAGSはバンド内の不和で解散したわけじゃなくて、セールスの問題とか色々あったんだけど、実は解散した後に、ドラマーが出版の金をかなり盗んでたことがわかったんだ。
あの頃曲は俺が書いてたんだけど、バンドの方針として作曲はバンド名義にしていたんだ。
ところが必要以上にドラマーのところに金が転がりこんでいたのがわかったんだよね。
これはそいつへのFuck You Songなんだ!
チャンスがあったらお前の背中にナイフをぶち込むぞってね(笑)
で、この問題が発覚した後もそいつに会ったけど、敢えて何も言わずに普通にしてたんだ。EPが出来てからそいつに渡したんだけど、一曲目はこの「Smiling Judas」だろ。
多分聴いたんだろうね。それ以来は目も合わせてこないよ(笑)
コーラスの部分で「でかい歯の笑顔をした奴」っていうところがあるんだけど、そいつは正にでかい歯をむき出しにして笑うのがトレードマークだったんだ。だから絶対に自分のことだってわかったんだろうね。
―それは凄い話ですね!曲作りは普段どのようにして行っているんですか?
T:基本的には各自一人一人が書いてくるね。俺とジョンは一緒に住んでるんだけど、お互いの仕事が終って家に帰ってから、色々アイデアを話し合ったりとかもするね。
J:俺はギターは使わずに頭の中で曲を書くんだけど、ある程度完成された曲の形になってから、初めてメンバーに聞かせて、それからアレンジメントを決めたりっていう感じかな。
昔はライブをやる為にたくさん曲を書いてたけど、今は曲がいっぱいあるから、毎晩違う曲を演奏してるよ。ノッてる時はセットリストを無視して演奏しちゃったりもするんだ。
―あなた達それぞれのお気に入りの曲を教えてください!
J:アルバムを作ってる時は一曲を何百回も聴くから客観的に見るのは難しいよね。
T:俺はミックスした後まるまる三ヶ月このアルバムを聴かなかったよ(笑)来日する前に改めて聴いてみたんだけど、お気に入りの曲っていうのは常に変わるものなんだよね。「Stupid」の時もあれば「Smiling Judas」の時もあるし。「Sunset Sunrise」も好きだし。
難しいね~。
J:俺は「Smiling Judas」のソロが好きだよ!
―なるほど、わかりました!それではFOO FIGHTERSのサポートを務めることになった経緯を教えてください。
J:俺たちのマネージャーはFOO FIGHTERSのツアーマネージャーでもあるんだ。
だからその関係で、デイブ・グロールのスタジオが空いてるからそこでレコーディングしないかって言われたんだ。FOO FIGHTERSのレコーディングが終わった後三日間だけ空いてるからその期間だったら使ってもいいっていうことになって。
それでデトロイトからそのスタジオまで行ってレコーディングしたんだ。で、レコーディングの最終日に、録った音を聴いていたんだけど、曲を聴き終わった後、「最高じゃん!もう一曲聴かせてくれよ」っていきなり後ろから言われて、振り向いたらデイブ・グロールがそこにいたんだよね!
それで次の曲を聴き終わった後、「凄いクールだ!ところで君たち一週間後は何をやってるの?」って聞かれて、「う~ん、特に何も。」って答えて。「じゃあ一緒にツアーしようぜ!」って突然言われたんだ。もちろんすぐOKしたよ。決まるまでに五分もかからなかったんだ!
―デイブ・グロールは尊敬出来る人ですか?
J&T:もちろん!!!当然だよ!!!マジで最高さ!!!
J:彼は今まで会ったミュージシャンの中で最も地に足が付いていてクールな人だよ。凄い成功を収めた人で、超有名人なのに、めちゃくちゃ普通のいい人なんだ。
T:差別しないで、誰しもに敬意を持って接してくれるんだよね。ロックスターなのにそれっぽくない、素晴らしい人なんだ。
J:彼と出会えて一緒に仕事出来たことに凄く感謝しているよ!
―彼はロックスターの中でも人格者として知られていますよね。
それでは、個人的な音楽遍歴を教えてください。初めて買ったレコードは?
J:俺は7歳か8歳の時、三枚同時に買ったんだけど、KISSの「ALIVE Ⅰ」、VAN HALEN「Ⅰ」と「Ⅱ」だね。
T:俺が初めて自分のお金で買ったレコードは、BRUCE SPRINGSTEENの「Born In USA」だよ。
J:それを言われると俺とTONYの年の差を感じて嫌になるよ(笑)だって「Born In USA」が発売された時、彼は7歳で、俺は13歳だったんだ(笑)
―(笑)じゃあパンクに目覚めたのはいつだったんですか?
T:6年生か7年生の時はラジオで流れてるものや友達が聴いてるものを聴かせてもらってたくらいなんだけど、ちょっと飽き飽きしちゃったんだよね。
あと俺の父親が60年代、70年代のオールディーズが好きで、そういうのを聴いて育ってたんだけど、14歳の時に友達から「この二枚を絶対聴け!!!」って言われて聴いたのが 、MISFITSの「Walk Among Us」とBLACK FLAGの「DAMAGED」だったんだ。それでもう、ぶっ飛んだんだ!MISFITSは俺が今まで聴いていたものの要素に加えてアグレッシブさがあって、BLACK FLAGは今まで一切聴いたことがないような音楽だった。それからパンクに目覚めて、彼らが影響を受けたバンドや、彼らに影響を受けたバンドまで掘り下げていったりして、自己流で音楽を学んだんだよね。
J:俺の親は音楽が好きで、父親はギターをやってたんだけど、Crosby Stills Nash & Young やJames Taylorをよく聴いてた。それで母親の方はロックンロールが好きだったんだ。で、俺は母親からの影響の方がでかくて、そこからメタルとかハードロックが好きになって、自分でもよくレコードを買っていたんだよね。実はデトロイトに引越した13歳か14歳まではカリフォルニアにずっと住んでてスケボーをやってたんだけど、スケボー雑誌には絶対Dead Kennedys とかBlak Flagのが載ってたから名前は知ってたんだけど、実際聴いたことはなかったんだ。で、デトロイトに引越してから初めて仲良くなった友達もスケボーをやる奴だったんだけど、俺はその頃Iron MaidenとかMotoley Crueを聴いてたんだけど、彼に「お前パンクを聴いたことあるか?」って言われて、「名前は知ってるけど聴いたことはないよ」って言ったら、Black FlagとSuicidal Tendenciesのアルバムを貸してくれたんだ。で、俺の両親は敬虔なカトリックで”天国と地獄”とか、そういう観念を叩き込まれて育ったから、この二つのアルバムを聴いてぶっ飛んじゃったんだ。「ケネディー大統領を暗殺せよ」とか「貧乏な奴は殺しちまえ」なんて歌なんだもん(笑)最初は「俺はこんな音楽を聴いていたら地獄に堕ちるんじゃないか」ってビビりまくってたんだけど(笑)それと同時に、思春期の俺は常に怒りに満ちていて、そんな俺の中のドロドロした感情を発散させてくれるのは、これなんじゃないかって思ったんだ。自分の人生のサウンドトラックを見つけたような感じで目覚めちゃったんだ。それで初めてパンクのライブに行ったんだけど、みんな狂ったみたいに乱暴だし、すっごい爆発したように発散してるのを見て、自分が今まで体験した音楽と全く違うもんだからめちゃくちゃ興奮したよ。俺は基本的にブルースもジャズもカントリーもロックンロールも、あらゆる音楽が好きだけど、パンクの衝撃だけは忘れることは出来ないよ。
―”パンクロックの力”ってどんなことにあると思います?
J:そうだね・・・。俺がそれまで聴いていたヘビーメタルっていうのは、巨乳の女の子のこととか、派手なロックンロールライフとか、ドラゴンがどうこうとか(笑)そういうのばっかりで、凄くかっこいいんだけど、想像の世界でしかない感じだったんだよね。自分の日常とはあまりにもかけ離れてることが歌われてた。それに対してパンクロックっていうのは、自分の日常をそのまま歌ってるんだよね。ティーンならではの悩み、友達のこととか、学校のこととか、凄く共感出来るから凄く惹かれたんだ。実際パンクのライブに行くと、ステージに立ってるメンバーは自分と同じじゃないかって思えた。ヘビーメタルとかハードロックのライブに行くと、豪華なステージで、派手な髪型してて、映画を見てるようだったけど、パンクは、隣に住んでる兄ちゃんがやってるような感じだったから、共感出来たし、「これなら俺にも出来る!」って思えたんだ。そんな感じかな。
―なるほど、とってもわかりやすいですね。ありがとうございました。
では最後に、HiFi HANDGRENADESの”信念”を教えててください。
J:俺は色んな事柄に対して信念を持ってるよ。指に”FAITH”ってタトゥーを入れてるくらいにね。
とにかく俺はHiFi HANDGRENADESに凄く自信を持ってるんだ。まだバンドが結成されて短い期間しか経ってないけど、少なくとも俺が今までやってきたバンド全部のことを合わせて考えても、ここまでいい状態には辿りついてなかったんだよ。とにかく初めての経験をたくさんさせてもらってる。
今回の来日もそうだし、初めてのアリーナでのライブ、FOO FIGHTERSっていう素晴らしいバンドのオープニングアクトをやらせてもらうのも凄いことだし。俺たちは15年後もこのバンドをやってる自信があるよ。このバンドは、素晴らしいミュージシャン、素晴らしい人間で結成されてるし、俺たちのケミストリーは最高だと思ってる。
T:俺たちが自信を持ってることだから、周りがどう思おうと関係ないんだ。アリーナで凄いライブをやれた時も、地下室にある自分達の練習場でいい演奏が出来た時も、同じくらいの満足感がある。
周りの人がどう思っても、自分達が納得出来ていることが大事。それが信念かな。
J:俺は20年以上音楽をやっているけど、このバンドが最後っていう覚悟があるよ。
本当に自信があるからさ!
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CARRY ON
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