-
世界最高のヘヴィ・メタル・バンドのひとつであるIRON MAIDEN。彼らが3月27日(海外では3月25日)2枚組DVDと2枚組CD『Maiden England '88』をリリースした。このDVDとCDは1988年にバンドが行ったツアー"SEVENTH SON OF A SEVENTH SON WORLD TOUR"の一環として、同年11月にイギリスはバーミンガムのNECアリーナで満員の聴衆を前に行われたライヴの模様を収録したもの。1989年にVHSでリリースされた『Maiden England '88』をグレード・アップさせた、ファン待望のDVD/CDヴァージョンだ。1988年と言えば、バンドにとって7thアルバム『Seventh Son Of A Seventh Son』をリリースした年。1980年に歴史的名盤であるデビュー・アルバム『Iron Maiden』をリリースし、NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)の立役者としてシーンに君臨したIRON MAIDENは、80年代だけで7度の世界ツアー、レコーディングに国内ツアーにと休みなく明け暮れた。このアルバムとツアーはそんな怒涛の1980年代を総括する、バンドにとっても重要な作品であり出来事と言える。今回はそのDVDについて解説していこう。
今回リリースされたDVD『Maiden England '88』のDISC 1にはもちろん"Maiden England '88"の映像が収録されている。VHSには収録されなかったアンコール映像3曲(「Running Free」「Run To The Hills」「Sanctuary」)を追加し、当日のそのままの110分のステージ映像を楽しむことが出来る。バンド専属のフィルム・プロデューサー兼ディレクターが、当時の映像を可能な限り最高のコンディションで仕上げるために、全てのショットに補正を試み、デジタル・リマスター化。サウンドは1993年までバンドをプロデュースしていたMartin BirchによるVHSヴァージョン当時のステレオ・サウンドに加え、DVD化に伴い、現在のプロデューサーであるKevin Shirleyが5.1Chサラウンド・ミックスを手がけている。筆者はステレオ・サウンドでDVDを拝見したが、バンドのリーダーであるSteve Harris(Ba)が、弦を指ではじく音までもリアルに聴こえるライヴ感に、25年前とは思えぬ生々しさを感じた。映像の監督と編集はSteveが担当している。何だか味気ないカットなのは時代だからだろうか、と思ったが、実はこれも彼の演出。"10人の観客がカメラを持ったらどんな映像になるか"ということにこだわったとのことだ。ゆえにメンバーを最前列で見ている視点、人の頭と頭の間からステージを眺めている視点、遠くからステージを一望する視点などが味わえ、まるで自分が客席にいるような気分になる。この頃からBruce Dickinson(Vo)のパワフルなパフォーマンスは目を見張るし、Dave Murray(Gt)の安定感のあるプレイはサウンドの中核を担う。Nicko McBrain(Dr)は常に笑顔でそれはもう楽しそうにリズムを叩きだし、Adrian Smith(Gt)の音色は感情的で瑞々しく、 -
Steveの低音はバンドをしっかりと牽引する。そういう意味では今も25年前もバンドの本質は変わっていない。だが、そのスケールも勢いも、今のほうがケタ違いに強力なのだ。25年前の姿を見て、改めて衰えを知らない現在の彼らの逞しさに感服した。とはいえ若かりし頃のMAIDENのステージに胸が高鳴ることは言うまでもない。『Seventh Son Of A Seventh Son』のジャケットを模したステージ・セットの中を跳ね回るBruceとSteveとAdrian。特にBruceはカメラ・サービスしたり、演奏中のDaveを肩車しながら歌うなど、そのヤンチャっぷりに思わず爆笑だ。アンコールでのフロアのシンガロングやコール&レスポンスは、まさしくバンドの導いた熱情と迫力。"バンドの15年間の歴史を1年に凝縮したツアー"という言葉も納得である。
ボーナス・ディスクであるDISC 2は、近年撮影されたバンド・メンバー5人とマネージャーRod Smallwoodによるインタビューで構成された"The History Of Iron Maiden Part 3"、VHSで1987年にリリースされたドキュメンタリーとライヴ映像である"12 Wasted Years"、「Wasted Years」「Stranger In A Strange Land」「Can I Play With Madness」「The Evil That Men Do」「The Clairvoyant」の5曲のプロモーション・ビデオを収録という大盤振る舞い。今回3回目となる"The History~"は1984年から88年までのバンド・エピソードをメンバーとRodが赤裸々に語っている。飛ぶ鳥を落とす勢いの人気だった彼らのエキサイティングな毎日と苦悩、Maiden Englandの裏話などを聞いてからDISC 1の映像を見るとまた違った印象を持つことが出来るだろう。"12 Wasted Years"ではバンドのありかたについてなど、当時の彼らの独白を目撃できるので"The History~"と合わせて見るとより興味深い。現在では半ば伝説と化しているラスキン・アームズ・パブやロンドンのマーキー、そして3度のワールド・ツアーのダイナミックなライヴ映像などなど様々なプレミアムなライヴ映像も魅力的で、もちろん日本武道館公演の映像も見ることが出来る。結婚式でのパフォーマンスなど、レアなシチュエーションも必見だ。特に痛快だったのはドイツでのテレビ出演映像。当て振りとクチパクというテレビのスタイルを利用したユーモラスではちゃめちゃなステージはシニカルなのに飛びぬけて痛快である。5曲収録されているミュージック・ビデオは映像も補修が施され、ステレオ・サウンドもデジタル・リマスター仕様。新たな輝きを手に入れた往年の名曲を映像と共に楽しめる。
バンドは昨年から開催している80年代中心の曲で構成された"Maiden England World Tour"を、5月から再スタートさせる。活動と音楽性の礎である1980年代と、そこから更にスケール感を止めることなく進化し続けている現在。その両方を一挙に体感できるツアーとなることは明白だ。残念ながらここ日本ではそのツアーを見ることは出来ないが、その分このDVD『Maiden England '88』で当時に立ち戻り、現在の彼らに思いを馳せてみてはいかがだろうか。1980年代のIRON MAIDENをリアルタイムで体感しているファンにとっても、現在のIRON MAIDENしか知らないという若いファンにとっても、スペシャルなアイテムになるだろう。 (沖 さやこ)