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INTERVIEW

LORNA SHORE

2023.03.20UPDATE

2023年03月号掲載

LORNA SHORE

Member:Will Ramos(Vo)

Interviewer:井上 光一 Translator:安江 幸子

海外では2022年の10月に発売された通算4枚目のアルバム『Pain Remains』で、いよいよ日本上陸を果たすニュージャージー出身のデスコア・バンド、LORNA SHORE。すでに10年以上のキャリアを持つ彼らは、近年では2021年6月に公開された楽曲「To the Hellfire」が、いわゆるバイラル・ヒットを飛ばすなど、エクストリーム・メタル・シーンにおいて最も勢いのあるバンドのひとつである。今回インタビューに応えてくれたのは、2021年より正式に加入し、端正なルックスからは想像もできないほどの驚異的なヴォーカル・パフォーマンスで、バンド躍進の原動力となっているWill Ramos。現在の彼らが置かれている状況や『Pain Remains』に込められた思い、自身のミュージシャンとしての経歴まで大いに語る濃密なインタビューとなった。


"愛もストレスもすべてが込められているんだ。コロナ禍の思いも一気に吐き出してね"


-最新作となる4thアルバム『Pain Remains』でいよいよLORNA SHOREが日本デビューを果たします。今の率直な心境を聞かせてください。

正直言ってすごくワクワクしているよ。日本でデビューできるなんて信じられない。俺は日本のカルチャーが大好きで、昔から日本に行きたいと思っていたんだ。これがきっかけで、日本に行ってショーをやろう! という意欲が増したよ。

-今回が本誌にとって初のインタビューということで、自己紹介とあなたから見た他のメンバーの紹介をお願いします。

もちろん! 俺の名前はWill Ramos。LORNA SHOREでヴォーカルをやっている。他にはギターをやっているAdam De Micco、爆発的なドラムを叩いているAustin Archey。Moke (Michael Yager)は一番新しいメンバーで、ベースをプレイするときもあればドラムを叩くときもある。例えばこの前PARKWAY DRIVEとやったツアーでは、Austinが参加できなかったからドラムをやってくれたんだ。それからもうひとりギターにAndrew (O'Connor)がいて、こいつは真の天才だね。

-才能あるメンバーが集まっていますね! あなたは2021年にメンバーとして正式に加入していますが、その前には代打的な感じで参加していました。LORNA SHOREに参加するまでの経緯について教えてください。

LORNA SHOREとは結構前から知り合いだったんだ。俺は昔A WAKE IN PROVIDENCEというバンドにいたんだけど、その頃くらいからだね。ウィークエンドを挟んだ3~4日間くらいのショーに一緒に出ていたんだ。LORNA SHOREのヴォーカルがまだTom Barberだった頃だよ。それでAustinと仲良くなったんだ。Austinのことを少しでも知っているやつなら、あいつが誰とでも仲良くなれるやつだってわかっていると思うよ。俺もあいつと出会ってからすぐ意気投合してね。写真を撮るために連れ出してくれたりもした。そこから時は流れて......いろんなことが起こって"穴埋めをしてくれるやつを探しているんだ"と相談されたんだ。俺は、そのときは特に何も言わなかったけど、ある日電話がかかってきて"あのさ、これ(この曲)やってみない?"なんて言うから"ああ、いいよ。やってみよう"って言って1曲やってみて、そうしたら"もう1曲やってみない?"と言われたから、"ああ! もちろんだよ"と答えた。それがきっかけで今に至るんだ。いいことばかりだよ。初めは代打ってことで入ったけど、ツアーがうまくいったから、"(正式に)入ってくれ"と言ってもらえたんだ。

-もともと仲が良かったということで、あなたの加入はプラスしかありませんね。

そうだね。全員のケミストリーがいいのはいいことだよ。全員の仲がいいバンドっていうのはなかなかないからね。俺たちはブラザーであると同時にバンドメイトなんだ。

-あなたが正式に加入してから初の作品となったEP『...And I Return To Nothingness』(2021年リリース)のリード・シングル「To The Hellfire」が、異例とも言えるバイラル・ヒットを記録して、YouTubeの動画再生数も1,300万回(※2023年2月時点)を超えています。このような反響は想像できましたか。

いやぁ、あんなに大きな反響なんて誰も想像できないよ! 俺たちのジャンルであんなことが起こるなんて前代未聞みたいなものだよね。スタジオでレコーディングしているときは、俺たちは単に"すごくいいものができますように"と願いながらやっているだけなんだ。みんなが驚いてくれて絶対的に気に入ってくれますようにとね。あとはできたものを世に放ってひとり歩きしてもらうだけなんだ。今回はすべてがうまくいったんだろうね。

-努力が実って本当に良かったです。

本当だよ!

-ところで『Pain Remains』の日本盤には、『...And I Return To Nothingness』の3曲すべてがボーナス・トラックとして収録されます。この作品についてもう少し詳しく教えてください。あなたが加入してからは初の作品ですが。

あのEPは、実は一番早くまとまったもののひとつだったんだ。ほとんど書き終えていたものもあれば全然だったものもあったけど、まずはスタジオに入って"何か"をまとめないと、という話になった。"ほら、お前が入ったからみんな何か出ることを期待しているんだよ。今のバンドの状態はどうなんだ?"と言われたからみんなでスタジオに入って、いろんなアイディアを投げ合って、中には(別の機会に)キープしたものもあったけど、いろんなものを組み合わせてみたら想定他のものができたんだ。最終的にできた3曲は、結果として俺たち史上最高傑作の部類に入るものだった。クレイジーだったよ! スタジオに入ってレコーディングしているときは最高にストレスフルなんだ。とにかくベストなバージョンをまとめないと、と気合が入るからね。何しろみんなに聴いてもらうものだから。たくさんの愛を込めたよ。ストレスもあったけど、それらすべてがこれらの曲には込められているんだ。それと、俺たち全員がコロナ禍で溜めていた思いも一気に吐き出してね。

-この作品では、あなたの驚異的なヴォーカル・パフォーマンスもシーンに大きな衝撃を与えました。TikTokなどのSNSでバズり、リアクション動画も頻繁に取り上げられましたね。私(※通訳)もいくつか観ましたけどみなさん大絶賛です。

マジか(笑)!

-日本人のリアクション動画も観ましたよ。というわけで大絶賛の嵐ですが、そのような周囲の反応は好意的に受け止めていらっしゃいますか。

正直言って......俺はただヴォーカルをやっているだけなんだよね。みんなが俺の歌を聴きたいと思ってくれることはもちろんすごく嬉しいけど、俺自身はただ歌が大好きで、楽しんで歌えることが、うまく歌えることより俺にとっては大事なんだ(※微笑む)。今までもずっと、歌うことを楽しんできたからね。みんなも楽しんでくれて、気に入ってくれるようになって嬉しいよ。俺はただ楽しんでいるだけだからね。素晴らしいことだよ。俺は自分が外の誰かよりうまいなんて思っていない。みんなそれぞれのやり方があるわけだし、俺も自分なりのやり方で歌っているからね。誰が大成功して誰がそうでもないかってのは、最終的には運だよ。というのが俺の見方かな。ただ、俺の声は自分にとってとても据わりがいいんだ。少なくともそれだけは確信しているよ。

-たしかにそんな感じがしますね。あなたのプレイスルー動画を観ましたが、いとも簡単に7人分くらいの声を使い分けている印象でした。しかも切り換えがものすごくシームレスで、さらにはとても楽しそうに歌っていますよね。この手の音楽を楽しそうに歌っている人は初めて見ました。もちろんあのヴォーカルを実現するには練習も努力も相当必要だと思いますが、あなたのようなヴォーカル・スタイルを確立させていく過程で、目標にしたヴォーカリストがいれば教えてください。

最初に低い声を出そうとしていた頃、あるバンドばかり聴いていたんだ。PLAYING FOR KEEPSというバンドなんだけどさ。すごくマイナーなバンドなんだけど大好きでね。結構長い間いるバンドで、こっち(アメリカ)で名前を出すと"うわぁ、俺も100年くらい前から聴いているよ"なんて言われる(笑)。あと、INFANT ANNIHILATORというバンドもよく聴くよ。彼らのおかげでこの手の音楽にのめり込むようになったんだ。Dickie Allen(Vo)が入る前、Dan Watson(Vo)時代からね。あと俺はChris Fronzak(ATTILA/Vo)の大ファンでもあるんだ。俺がハイ・スクール時代にどんな音楽をやろうか考えていた頃に影響を受けた人だね。(ATTILAの)アルバム『Rage』とか、それが俺の好みだった。俺がいろんな声を出すことができるのは、多くのインスピレーションもとがあるからなんだ。例えばある人の歌を歌ったとする。歌い方がわかったら、今度はこっちのほうにトライしてみよう。今度はEddie Hermida(SUICIDE SILENCE)みたいな声を出してみよう......そんな感じで、いろんな声の出し方を解明していったんだ。

-最初からヴォーカリストを目指して音楽活動をされていたのでしょうか。他の楽器の経験はありますか。

音楽はガキの頃からずっとやってきたんだ。最初はリコーダーを吹いていて......小学校の授業でね。

-リコーダー(笑)。

(笑)そう、あれが俺にとってすべての始まりだったんだ。そのあとクールな楽器をやってみたいと思うようになって、ヴァイオリンを弾きたいと思った。1年くらいやったかな。それから今度はチェロをやりたいと思って、チェロも1年くらいやった。この時点で(小学校)4年生、いや、3年生くらいだったかな。やっと管楽器ができるくらい大きくなったんだ。学校ではある程度の歳になるまで管楽器をやらせてもらえなかったからね。それでサックスを始めて、6~7年やった。今も別の部屋に置いてあってたまに吹いているよ。ごくたまにだけど、楽器は今も持っているからね。やがてギターを始めて、そのあとスクリーミングに行った。というわけで俺としては歌うまでに何段階もあったんだ。でもその間もずっと歌いたいと思っていた。ガキの頃からね。今までの努力の集大成として、シンガーの俺がいるんだ。俺は自分のことを"スクリーマー"じゃなくて"ヴォーカリスト"だと思っているよ。

-話を聞いていると様々なジャンルの音楽を通ってきたと思いますが、メタル・ミュージックのような激しい音楽に目覚めたきっかけはありますか。

7年生のときに歴史の授業に乱入したやつがいてさ。そいつがギターを持っていたんだ。ミドル・スクール(日本の中学校に相当)を卒業してすでにハイ・スクールに入っていたけど、先生と知り合いだった。先生に"みんなのために何か弾いてくれ"と言われてそいつが弾いた曲を聴いて、それがOzzy Osbourneの「Crazy Train」だったんだ。それを聴いて衝撃を受けたんだよね。"これは......今まで聴いた中でも最高の音楽じゃないか! もっと知りたい!"と思ったよ。それがきっかけでギターを始めたし、ロックについて学び始めたんだ。まずはいわゆるクラシック・ロックをね。そうするなかで出会ったやつらはみんな顔とかにたくさんピアスを開けていて、高校生になった俺は影響されやすかったから開けて。みんな"LAMB OF GODを聴け"とか、AFIとかBULLET FOR MY VALENTINEとかを薦めてきたよ。そして時は流れて、今はこうしているってわけだ。

-『Pain Remains』に話を戻しましょう。本作は個人的にはデスコアというジャンルに収まらず、広い意味で素晴らしくエクストリームな芸術作品だと感じました。このような濃密なアルバムはどういった作曲プロセスを経て生まれたのでしょうか。

ありがとう! 多くはEPのときより全然未構築だったね。10曲作らないといけないってことはわかっていた。アイディアはいくつかあったけど、全員で集まったとき、曲としてフルでまとまっていたものはひとつもなかったんだ。それでみんな別々の部屋に籠って、俺がヴォーカルを書いている間にAdamがギターのメロディを考えて、Andrewはオーケストレーションに取り組んで、MokeとAustinはブレイクダウンの部分を、という感じにそれぞれ分業で作業していた。正直言って......俺たち全員ものすごくストレスを感じていたよ。制作期間中はずっと"いったいどうやってまとめればいいんだ?"なんて思っていたからね。10曲作らないといけないのに取り組んでいる曲の数は全然足りないし、EPを作っていたときもストレスフルだったけど、どうしよう? となってさ。でも、すべてうまくまとまったよ(※微笑む)。まとまって本当に嬉しい。最終的には正直言って最高傑作ができたしね。となると考えてしまうよ。"ギリギリの境地に追い込まれたときのほうがいいものができるのか?"なんてさ(笑)。

-(笑)

俺にはわからないけどね。

-追い込まれたときのほうがベストな自分が引き出される、というのはあるかもしれませんね。

ようやく全部終わったときはみんなで"ウォー! 帰るぞ!"みたいな感じだったよ(笑)。

-『...And I Return To Nothingness』に引き続いてプロデューサーを務めたJosh Schroederとの仕事はどうでしたか。たしか彼は前作の『Immortal』(2020年リリースのアルバム)も担当していましたね。

Joshとの仕事は最高だよ。彼はベストだね。俺は彼と仕事をするのが大好きなんだ。今まで出会った中でも指折りにいい人で、ものすごく頭が切れるし、自分の知識を的確に使うことを心得ている。こっちがもっといいものを作ろうという気にさせられるのにちょうどいい塩梅にね。例えば音楽理論をいきなり持ち出してくるほどクレイジーではないんだ。そうくるとこっちも困惑してしまうけど、アイディアを投げ合っているところに、俺たちが自分で何かいいものを見つけられるように導いてくれる。そういうことができる人なんだ。正直言ってプロデューサーができるベストなことってそれだよね。"グッド・アイディアだ"、"こっちはバッド・アイディアだ"と指摘できる人って大事なんだ。中には"イエス! イエス!"しか言わないプロデューサーもいるからね、バッドなアイディアだとしても(笑)。だからJoshはすごくやりやすかった。それから俺はピンボールが大好きで、彼はピンボール・マシンを100台くらい持っていて......あっ、100台は持っていないけど(笑)、いくつか持っていて、今俺がハマっているんだ。

-ストレス解消にピンボールで遊んでいたのですか。

そう! もうずっと遊んでいたよ。"Track & Field(日本名はハイパーオリンピック)"という古いアーケード・ゲームがあってさ。ボタンが3つあって、それでジャンプしたり前に進んだりする、これ以上ないってくらいシンプルでオールド・スクールなゲームだよ。軽く数百回はやったね(笑)! "もうダメだ、これ以上案が浮かばない。ゲームでもやらないとやってられない"みたいな感じになってさ。それでピンボールをやりに行って、終わったらスタジオに戻ってきての繰り返しだった。

-アルバムが完成した頃には"ピンボールの魔術師"になっていたのでは(笑)

もう少しうまくなっても良かったかもしれないけどね(笑)。まぁ楽しかったから良かったよ(笑)!