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INTERVIEW

OVER LIMIT

2017.07.18UPDATE

2017年07月号掲載

OVER LIMIT

Member:MASAYA(Vo/Gt) GUSSAN(Gt/Cho) JUN(Ba/Cho) ペーター(Dr/Cho)

Interviewer:荒金 良介

今年結成20年を迎えるOVER LIMITが、SHACHIのTAKEが運営するDUSTBOX RECORDSに移籍後、第2弾作品となるシングル『Calling me』をリリースする。90年代後半のスカ・パンク・シーンに大きな刺激を受け、それから歌モノ路線へ音楽性を大きくシフトしたものの、2012年には再び自らの原点と言えるスカ・パンクを鳴らし始めた彼ら。今回は高速スカからアコギ弾き語り的なアプローチまで取り込み、これまでの音楽的変遷を1枚に封じ込めた快作と言っていい。そんな新作について、メンバー全員に話を訊いた。

-今作は移籍第2弾になりますけど、すごく良かったです。OVER LIMIT(以下:オバリミ)の魅力が全ベクトルに解き放たれてますね。

MASAYA:嬉しいですね。

-今年結成20周年ということは、結成は1997年ですよね?

MASAYA:はい。オリジナル・メンバーは僕だけで、最初は3ピースで始めたんですよ。その後GUSSANが入りました。それがいつぐらいかな?

GUSSAN:16年前ぐらいかな、それまでは3ピースやったもんな。

-当時、MASAYAさんがやりたかった音楽は?

MASAYA:スカ・パンクをやりたくて......3ピースでSNAIL RAMPみたいなバンドをやろうと。結成時は17歳ぐらいで、クラブではKEMURI、SCAFULL KING、POTSHOTとか流れてましたからね。

-90年代後半はスカ・パンク/スカコアの一大ブームがありましたからね。

MASAYA:めちゃくちゃ盛り上がってましたね。で、GELUGUGUさんのライヴに行って、デモテープを渡したら、レコード出そうか? という話がすぐに来たんですよ。GELUGUGUさんはめちゃくちゃ売れていたんで、一緒にツアーを回って、KEMURI、SCAFULL KINGとも対バンする機会をもらえて。それで2001年にスカ・パンクが売れなくなったころにGUSSANが入ってきた?

GUSSAN:いやいやいや(笑)。まぁ、おいしい時代はあまり経験してないです。

-海外バンドだと、NOFX、OPERATION IVY、LESS THAN JAKEとかを聴いていたそうですね?

MASAYA:大好きでしたね。スカと書いてるレコードはほとんど買ってました。その中でもキャッチーなものが好きで、さっき挙げてもらった3バンドに加えて、THE SPECIALS、RANCIDも聴いてました。

-スカの要素が入っているバンドが好きなんですか?

MASAYA:最初にスカでいこうと思ったのは......GOOD4NOTHINGが中学の先輩で、当時は前身バンドの電気風呂というメロコア・バンドをやってたんですけど。同じ堺市出身なので、同じことをやってもあかんから、スカをやろうと。

-たしかにGOOD4NOTHINGはスカ要素ほぼ皆無ですからね。

MASAYA:そうなんですよ。スカが流行っていたのもありますけどね。LESS THAN JAKEとかホーン隊がいますけど、ホーンがなくてもスカができるんやと思ったのはSNAIL RAMPの存在が大きくて。

-ホーンを入れようとは思わなかった?

MASAYA:思わなかったですねぇ。難しいと思ったから。

一同:ははははは。

-この20年間でターニング・ポイントになった出来事は?

MASAYA:スカ・パンクを4~5年やったあとに、歌モノを9年ぐらいやったんですよ。その歌モノがまったく当たらず。で、2012年ぐらいかな、GELUGUGUさんに"1日だけスカ・パンクで復活してくれないか?"と言われて。歌モノのときは人が少なかったのに、オバリミがスカ・パンクをやるとなったら、ワー! とお客さんが観に来てくれて。その1日復活で味をしめて、それからスカ・パンクに変更しました(笑)。それがターニング・ポイントですね。

-そもそも歌モノに切り替えた理由は?

MASAYA:MONGOL800、175Rが流行りだして......。

-00年代初頭に日本語、青春パンクのブームがありましたね。

MASAYA:それで気持ちが揺らいじゃって。

一同:ははははは。

MASAYA:スカ・パンクをやってるときから、メロディはきれいに作りたいと思ってたんですよ。それからスカを抜いて、メロディを押していこうと。

GUSSAN:いろいろやりたくなったんでしょうね。

MASAYA:でもブレたらあかんなと思いました。ルーツが違うので、スカ・パンクをやってるときの方がすんなりやれちゃうんですよね。歌モノは無理矢理こんな感じかな? ってやってるから、エセ感が出ちゃうんですよ。

GUSSAN:バンド・カラーと合わなかったんでしょうね(笑)。泥臭さが出すぎていたのかなと。

-それでも歌モノを9年続けていたわけですよね?

MASAYA:いけると思ったんですけどね。今になってわかるのが、スカ・パンクはいっぱい友達ができるけど、歌モノは友達ができなくて、文化が違うのかなと(笑)。僕ら抜きで、打ち上げされたこともあったから。

GUSSAN:ははははは。

MASAYA:おかげさまで、メンタルはめちゃくちゃ強くなりました。それは歌モノ時代に鍛えられましたね。

GUSSAN:幅広いジャンルのアーティストとやる機会も多くて、MUSHA×KUSHAからメジャーの人までやってました。