INTERVIEW
I Promised Once
2016.12.12UPDATE
Member:George(Vo) Flo(Vo/Key) Kunio(Gt) Nils(Gt) Joe(Ba/Manipulator) Sho(Support Dr)
Interviewer:荒金 良介
-メタルの血を抑えられなかったと。Nilsさんは?
Nils:若いときにLIMP BIZKIT、LINKIN PARK、SLIPKNOTに出会って、メタルに興味を持つようになりました。それからMETALLICA、SLAYER、それとIN FLAMES、SOILWORKには衝撃を受けました。ヘヴィだけど、ギターはメロディアスだから。それからデスメタル、メタルコアも聴くようになりました。
-今作のインスト曲「Winter is coming」(Track.4)は北欧メタルの影響が出てますね。
George:その曲はまさにヨーロッパ・ツアーから帰ってきた翌日に我慢できなくなって作りました。
Kunio:ガチでヨーロッパにインスパイアされてますね。
-そうでしたか(笑)。Joeさんは?
Joe:このバンドに入るまで、メタルはほぼ通ってなくて。小さいころからピアノを習ってて、クラシックを聴いていたんですけど、父親がジャズ好きで、ジャズ・バーにも行ってました。
-ルックスはKORNのメンバーにいそうですけど(笑)。
Joe:はははは。レゲエやヒップホップも聴いてたんですよ。それからKORN、LIMP BIZKIT、RAGE AGAINST THE MACHINEらへんも聴きました。それで最初にASKING ALEXANDRIAをメンバーに聴かされたときは、めっちゃムズいなと。ジャズの難しさとは違って、バチバチで刻んでくるから、それに衝撃を受けましたね。
-そして、Georgeさんは日本とドイツのハーフということで、生まれはドイツなんですか?
George:生まれは日本で、幼稚園から高校卒業までドイツに住んでました。親がメタル好きで、小さいころからIRON MAIDEN、SKID ROW、EXTREME、DEF LEPPARDが家で流れてましたね。
-素晴らしい環境ですね。
George:そうなんですよ! ただドイツにいるときも、実際に聴いていたのはL'Arc~en~Cielとか、日本の音楽だったんです。夏休みになると日本に帰ってきて、日本の文化はどうなんだろうって......ハーフなりの悩みがあるんです(笑)。ドイツに住んでいるけど、日本の音楽に興味がありましたからね。
Sho:俺は曲作りには関わってないですけど......中学3年でバンドを始めて、そのとき一緒にバンドをやろうと言ってきた奴のやってた曲がSEX MACHINEGUNSで。それを聴いて、"メタルすげぇ! ツーバス何これ?"ってなったんです。で、洋楽はHALFORDから入りました。
-また濃いところから入りましたね。
Sho:地元のレコード屋でサングラス、鋲をつけたHALFORDのポスターを見て、こいつはただものじゃねぇなと。で、ライナーノーツでいろんなバンドを知るようになりました。あと、空耳アワーでSLIPKNOTの"へこんだぺー"(1999年リリースの1stアルバム『Slipknot』収録曲「(Sic)」)が流れたんですよ。その曲に衝撃を受けましたね。それからロードランナー系のバンドのCDを買いました。PANTERAも好きだし、アメリカのヘヴィ・ロックばかり聴いてましたね。
-バンドの転機になったのはアマチュア・アーティスト・コンテスト"RO69JACK 2015 for COUNTDOWN JAPAN"で優勝を勝ち取ったときですか?
Joe:オーディエンスから選ばれて優勝したので、道が開けた感じはありますね。それが今作の内容にも繋がっているんですよ。ああいうステージに立つと夢を見ちゃいますから。でかいステージでこんな曲をやったら、もっとかっこいいんじゃないって。今まで作ってなかったタイプの曲も入れました。
-なるほど。そのあとにヨーロッパ単独ツアーに行ったわけですね?
George:6月に単独でヨーロッパに行って、それも転機になりました。このバンドはインターナショナルな人たちが集まっているから、始めるときから世界に出ようと決めてたんですよ。1日でも早くヨーロッパ、アメリカでライヴをやりたくて。言葉も通じるし、交渉も全部自分たちでやれますからね。音楽シーンは向こうの方がでかいし、結成1年半で行っちゃいました。
-ヨーロッパはメタルのファンベースがありますもんね。実際に回った感触は?
Nils:ドイツでライヴをやったときは気持ち良かったです。友達、家族も観に来てくれたし、どこに行ってもメタル・ファンの熱さは変わらないんだなと。
George:ある意味ヨーロッパでは無名のバンドなので、お客さんが来るのかな? という不安はあったんですよ。だけど、シーン自体が大きいし、ライヴハウスに足を運ぶことが文化になってますからね。毎回100人以上お客さんがいました。ロシア以外は全部ワンマンだったんですよ。