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INTERVIEW

GOODBYE TO THE HERO

2017.06.19UPDATE

2017年06月号掲載

GOODBYE TO THE HERO

メンバー:Kazuma(Vo) Satoji(Gt) Masashi(Gt) Kissy(Ba) Mitsu(Dr)

インタビュアー:吉羽 さおり

今年、大阪から東京へと拠点を移し、より攻めの活動へと狼煙を上げたGOODBYE TO THE HERO。新天地での最高の名刺となりそうなのが、2nd EP『~PΞИΤΔGОИ~』だ。アグレッシヴで高いインパクトを放つサウンドと、高揚感溢れるブレイクダウンやシャウト、そしてパワフルながらメロディが重視されたキャッチーさを持つ曲は、ドラマ性抜群。キャッチーであり、細々仕掛けられたアイディアで、一気に聴かせる内容となっている。20歳から30代までとメンバーの世代は離れているが、制作での風通しはすこぶる良く、今作は5人の個性と、バンドの強みを鋭く出せた力の入ったEPだという。

-今回が本誌初登場となりますので、まずはバンドの成り立ちから教えてください。

Satoji:もともと、大阪で"さよならGood-bye"というバンドをしとったんですけど。メンバーが脱退したり、メンバー・チェンジをしたりして、このふたり(KazumaとMitsu)が入ってきたんです。ヴォーカルが変わったので、バンド名も変えてしまおうということで、さよならGood-byeのGood-byeだけを残して、GOODBYE TO THE HEROになりました。どれだけさよならしたいねんって感じですけど(笑)。

-前身バンドのさよならGood-byeと現在とでは、何が一番違うんでしょう。

Satoji:もともとラウド・ミュージックをやってるんですけど、最初はもっとスラッシュ・メタルみたいな速いサウンドだったんです。前は女性ヴォーカルやったんですけど、Kazumaが入って男性ヴォーカルになって。音楽性も、重たいメタルコアやポスト・ハードコアをだいぶ取り入れていっていますね。

-女性ヴォーカルのときは、シャウトなどは特になかったんですか。

Masashi:ガンガンしてました(笑)。

Satoji:しかも、当時から5ピースやったんですけど、ドラム以外全員マイクがあるので。ハモリもするし、シャウトもするしで(笑)。

Mitsu:音楽性とか歌詞の内容もちょっと、今と違ったものでしたよね。

Satoji:当時は、あまりストーリーじみたものとか、日々生きている中でのストレスを描くというよりは、意味のないものというか。お題を作って、それを叫ぶみたいなぐらいのノリでやっていたので、アメリカ人ウケは良かったですね。

-GOODBYE TO THE HEROとなって、音楽性についてもより幅広く、且つ内容も重視したものになっていったんですね。

Satoji:歳を重ねてバンドを続けていくにつれて、感じることも変わってきたので。今はそれを激しい音楽に乗せて、日々感じているストレスだったりを歌にしてます。

-前身バンドからヘヴィなサウンドだということですが、ルーツ的にもSatojiさんはメタルが濃いんですか。

Satoji:僕はもともと、メロコアが好きでメロコアをやっていたんですけど、王道のメタル――METALLICAやLAMB OF GODを聴くようになって、そこからですね。さよならGood-byeではアメリカ・ツアーを回ったことがあるんですけど。そのときに、日本で言うヴィレッジヴァンガードみたいなトイ・ショップがあって。そこで流れとったんが、メタルコアというか、ニュースクール・メタル的な重たいやつで、"なんやこれ!?"って思って。それで、面白いから取り入れてみたいなと思いやってみたんです。

-みなさんの音楽ルーツは、どういうものになりますか。

Masashi:僕もメロコアですね。HAWAIIAN6が好きなんですけど、初めて聴いたときに衝撃を受けて、それでステージ側の人になりたいと思ったんです。僕は地元が高知で、田舎の四万十市というところにおったんですけど。大阪に出て、すぐにHAWAIIAN6のワンマンを観に行って。かっこよすぎて、"もう、バンドやるしかない!"みたいな。

Mitsu:僕は逆に、メロコアはまったくと言っていいほど通っていなくて、昔はずっとピアノをやっていたんです。その影響で、小学生のときはJ-POPばかり聴いてました。でも、小学3年生のときにマキシマム ザ ホルモンを聴いて。

Satoji:すごい小学生やったんでしょうね(笑)。

Mitsu:周りにも知ってる人が全然いないみたいな感じですね。そこから、バンドにのめり込んでいきました。ドラムを始めたきっかけは、ギターをやっていた兄がX-JAPANがめっちゃ好きやったので、そのライヴ映像を見せられて、"お前、ドラムせぇよ"っていう感じの成り行きでした。

Kazuma:僕は小学生のとき、19にハマってましたね(笑)。

Satoji:もう、混沌としてますよねこの時点で(笑)。

Kazuma:ハーモニカとかも吹いたりしてましたよ。

Satoji:それ初めて聞きましたよ、僕。

Kazuma:そこからは、GOING STEADYやHi-STANDARDを聴くようになって。メロコアを聴きながら、ヴィジュアル系も聴くようになりました。当時スクリーモが流行っていたんですけど、そこからポップ・パンク、スクリーモを聴きだして。そしてIN FLAMESとかメタルにいき、BULLET FOR MY VALENTINEとかメタルコアにいってという感じで。このバンドに入ってからMEMPHIS MAY FIREとか、今の形態に近い音楽があるのを知りました。

Kissy:僕はHi-STANDARDです。もともと僕自身、自分の気持ちを表現するのが苦手やって。でもハイスタを観たときに、惹かれるものがあって、音楽を始めたんです。実際にやってみたら楽しいし、気持ちいいし、今まで自分が感じたことがないものがどんどん出てくるやんっていう。

Satoji:Kissy、爆発しましたね。

Kissy:しちゃって(笑)。それでバンドの楽しさを知って。地元は鹿児島の田舎の方なんですけど、中学のときはすることがないからバンドばっかりしてました。田舎だから音も気にしませんでした(笑)。それからだんだんと、友達の影響でメタルとかも聴くようになって、一方でクラシックも、勉強ではないですけど聴くようになったんです。そのときに、メタルとクラシックの融合みたいな音楽をやってる人たちがいると知って。SYSTEM OF A DOWNや METALLICAもそうなんですけど。正反対に見えるものが合致したとき、かっこいいなとなったんですよね。そこから重たい音にもどんどん入っていきました。