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INTERVIEW

DIAURA

2017.06.20UPDATE

2017年06月号掲載

DIAURA

メンバー:yo-ka(Vo) 佳衣(Gt) 翔也(Ba) 達也(Dr)

インタビュアー:杉江 由紀

有言実行とは、これいかに。近年、破竹の勢いで邁進を続けているDIAURAは、ことあるごとに"独裁"という言葉を提示するバンドだ。ヴィジュアル的にも色気と華を濃厚に感じさせるバンドだけに、ともすればトリックスター的な存在だと誤解する向きもありそうだが、あくまで"中身のない音楽は絶対にやりたくない"と断言する彼らの本質は音楽そのものにこそある。このたび発表される14thシングル『Noah/シャングリラ』もまた、DIAURAの音楽に対する愛とプライドと信念が詰まっていることは間違いない。9月3日に豊洲PITにて行われる単独公演"Dictatorial Garden Toyosu -unbreakable decision-"にも、大いなる期待がかかるところだ。

-本誌初登場となるDIAURAですが、今度のシングル『Noah/シャングリラ』は14枚目にもなるわけですし、バンドとしては相当なキャリアを積んできたことになりますよね?

yo-ka:むしろ、そこはもうあんまり気にならなくなりました。それこそ、1~2年前くらいはバンドとして5年を超えたというのもあったのか、周りから"そろそろ中堅なんじゃないの"的な声が聞こえてくる機会も多かったんですよね(笑)。でも、自分たちからすると"だから何なの?"という思いを当時はよく感じていたんですよ。だって、別に中堅だろうがそうじゃなかろうが、"DIAURAとしてやっていくことの中身自体は何も変わらないのに"という気持ちが大きかったんです。ただ、その時期を経て、今はあのころよりも余計なものがいろいろと取っ払われたような気もしますね。シーンの中でどうあるべきだとか、7年目だからどうするべきだとか、そういう概念ではモノを考えなくなりました。純粋にDIAURAはDIAURAとしてDIAURAをやろうよ、というシンプルなスタンスになっているのが今ですね。

-だとすると、DIAURAとしてのDIAURAらしさとは具体的にどんなものなのでしょう。仮にこの記事で初めてDIAURAを知る人がいたとして、その方たちに向けての解説をみなさんご自身にしていただけると幸いです。

yo-ka:ひと言で言うなら、"独裁"ですよ。これは、DIAURAというバンド名の由来そのものでもありますし、基本姿勢なんです。何しろ、僕らは客のことを"愚民"と呼んでいるバンドですから。音楽然り、ライヴ・パフォーマンス然り、あるいはメンタル然り。そのすべてに独裁的な要素が含まれていると言っていいと思います。だから、俺たちはヘンにフワフワと浮ついたことをしているわけにはいかないんですよね。もちろん、あくまで音楽が軸ではあるんですけど、感覚的にはそのDIAURAとしての独裁的精神が何よりの軸になっている気がします。すべての活動の根底には、"全部を独裁してやるよ!"という意志がはっきりとあるんです。

-では、その独裁的精神を持ったうえで音を生み出していく際に、みなさんがそれぞれにアーティストとして最も重視されているのはどんな点ですか。

達也:まず、攻撃的な音を出したいというのは前提としてあるんですが、最近は曲によって歌を支える側に徹しているケースも結構あるんですよね。やっぱり、聴覚の面でもライヴでの視覚的な部分でも、バンドの中で一番強い存在感を持っているのは歌であり、フロントマンなわけですから。そういう意味で、ドラムでの必要以上な自己主張は個人的にしないようにしています。それよりも、バンドとしてよりカッコよくあるためにはドラマーとしてどうすべきなのか、ということの方を重視しているんですよ。あとは、攻撃的な音とは逆の部分で、繊細な音はちゃんときれいに聴かせる、というのも自分としては結構こだわっているところだと思います。特に、金物のハイハットの音の使い方は注目してもらえると嬉しいですね。

翔也:基本的に、何をしようがDIAURAがやればDIAURAになるので、"これはこうしなくちゃいけない"みたいな意識は特にないんです。もっとも、昔は僕にもあったんですよ。途中加入だったのもあって、"早くDIAURAの一員にならなきゃ!"みたいな焦りもあったんでしょうね。でも、気がついたらそんなことは思わなくなりました。最近はとにかく、何事に対しても柔軟な発想で取り組めたらいいなと考えているくらいですね。実際、楽器のセッティングなんかも曲によっていろいろと変えたりしているので。DIAURAの世界をより深めたり、その楽曲の魅力を引き出したりするためであれば、その時々で出す音を変えていくという選択肢も使うべきだと思っています。

佳衣:曲ありきのギターだと考えているので、ギター・ソロが必要ないと思えば弾かないこともありますし、とにかく曲が求めていることをその都度、音にしていくという点を大事にしています。だから、"できないこと"はなるべく作りたくないと思っているんですよね。"本当はここでこんな音を曲につけられたらいいんだけど、自分のスキルではできない"というケースは極力なくしていきたいので、必要なものがあったらどんどん吸収して常にやれることを増やしていくようにしています。音楽をやっている以上、自分の中の引き出しの数ってすごく強い武器になるんじゃないかなと感じます。


流行り廃りに流されてしまうような音楽だとか、中身のない音楽は絶対にやりたくない


-そんな曲ありき、歌ありきでそれぞれに個性を発揮しながら後ろを固めている楽器陣に対し、センターに立つyo-kaさんが、ヴォーカリゼーションの面で特にこんなところにプライドを持っている、と自覚されているのはどんなところでしょうか。

yo-ka:あぁもう、それを言いだしたらDIAURAをやるうえでは、あらゆることに対してのプライドを持てていないと始まらないですよ(笑)。ほんと、"そんじょそこらの奴とはちげーんだよ"っていう意識じゃないと、聴き手に対して"愚民ども!"とは言えないですからね。そうやって言うからには、俺が先導していく立場じゃないといけない。とは言っても、もともと最初からDIAURAがそういうバンドだったかというと、それはまた違ったんですけどね。

-といいますと?

yo-ka:たしかに始動して1年足らずで今のような精神性にはなっていたんです。でも、そこに至るまではまず、"ずっと長く生き続ける音楽を作りたい"という気持ちが先にあって、それで俺と佳衣で始めたバンドだったんですよね。要は、流行り廃りに流されてしまうような音楽だとか、中身のない音楽は絶対にやりたくないんです。逆に言えば、音楽としてちゃんと中身があって、それがそのときのDIAURAにとって必要なことなのであれば、どんな曲調のものでも別にアリだと思っているんですよ。そういう意味での枷(かせ)を、自分たち自身に対してかけるようなことは一切したくないという気持ちは今もまったく変わっていません。

-音楽に対する毅然とした姿勢が根底にあるなかで、それにプラス・アルファしてコンセプトや凝った視覚演出などを用いることの意味。それはとても大きいと思います。

yo-ka:そこは、両立させたいんですよ。奇抜さとか個性だけに頼りきるようなバンドには間違ってもなりたくないし、そもそも俺はそういうバンドは好きじゃないから。まぁ、俺もステージでは"愚民ども!"とか"お前たちのマスターは誰だ!"とか言っているヴォーカリストではあるんですけどね。ただ、何よりの大前提として、まずは"歌うこと"を大事にしているというのが自分のスタイルですし。当然、それは俺に限らずなわけでね。メンバー全員が音楽的に徹したうえで、各自の個性をどれだけ光らせることができるか。DIAURAは、そこをこの7年で突き詰めてきたバンドなんです。