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INTERVIEW

PRAISE

2017.03.17UPDATE

2017年03月号掲載

PRAISE

メンバー:Yuta Kobayashi(Vo) Aori(Gt) jorge(Dr)

インタビュアー:山口 智男

"喰らえ、これが東京ミクスチャー!"と戦いの狼煙を上げ、2013年結成の5人組、PRAISEが『NEXTAGE』でついにデビュー。ジャズ、メロディック・パンク、ポスト・ハードコアなど、幅広いバックグラウンドを持つメンバーが顔を揃えているだけあって、ラップ×ラウドロックといういわゆるミクスチャー・ロックの延長上で、"NEXTAGE"というタイトルが相応しい新しいサウンドをアピール。バンドを代表して、Yuta Kobayashi、Aori、jorgeの3人がユニークなサウンドのバックグラウンドと"東京ミクスチャー"という言葉に込めた想いを語る。

-2013年にAoriさんとZyun(Ba)さんが中心になってPRAISEを結成したそうですね?

Aori:大学を出たあと、働きながらジャズをやっていたんですけど、音楽に専念するためにバンドを組みたいと思い、仕事をやめて大学で一緒だったZyunを誘って、PRAISEを結成しました。しばらくは僕がギター/ヴォーカルでやっていたんですけど、ラップもできるYutaが友人の紹介で入ってから、それまでのジャズ要素もあるメロディックなラウドロックからミクスチャーに変わっていきました。

-YutaさんはPRAISE以前は、どんな活動をしていたんですか?

Yuta:ギター/ヴォーカルでメロディック・パンクのバンドをやっていました。さらに遡ると、それ以前はラッパーとしてクラブに出ていた時期も少しだけあったんですよ。最初は、"ちょっとスタジオに来てみないか"と前のドラマーに誘われて、当時やっていたバンドがあまりうまくいってなかったのでノリというか、勢いで行ってみたんですね。そこで"入らないか"と誘ってもらって、勢いで入りました(笑)。そのとき、僕もちょうど仕事をやめたばかりでタイミングも良かったというか、AoriとZyunの気持ちと何か通じるところがあったのかもしれないですね、今思い返すと。

-Yutaさんが入ってから、それまで英語だった歌詞が日本語に変わっていった、と?

Yuta:いきなり全曲、日本語になったわけではなくて、英語3曲、日本語3曲みたいな感じで徐々に変わっていったんです。でも最初、日本語でラップを書こうってなったのは、Aoriがヒップホップのトラックっぽいものを作ってきて、"これにラップを乗せてみたら面白そうだね"ってやったのがきっかけでした。そこで初めて自分のモヤモヤやヘイトを書くことによって、これ楽しいかもしれないって思えたんですよ。それで、"俺、こっちでやりたい"って掛け持ちで続けていたメロディックのバンドもやめたんです。そっちのメンバーには迷惑をかけちゃいましたけど、PRAISEでもっとガツガツいろいろなところで、いろいろなお客さんの前でやりたいというふうに最初は単なるノリだった気持ちも変わってきて、もっといろいろなところに届けたいと思いながら続けてきました。

-そしてjorgeさんが去年の9月に加入して、現在のラインナップになった。

jorge:前のバンドを抜けてからフラフラしていたんですけど、去年の夏ぐらいに現在のレーベルの社長から声を掛けられて、英語で歌っているバンドが多い中で、日本語を貫いている潔さに共感して、こいつらとだったら何か面白いことができるんじゃないかって可能性を感じました。前にやっていたバンドは、ミクスチャーではなかったです。そのバンドを抜けてから、自分の中でもやりたいことが変わってきて、ちょうど先輩のBuntaさん(TOTALFAT)がOZROSAURUSで叩き始めたタイミングで、ドラマーって幅広くできた方が面白いだろうと自分でも思って、ヒップホップのドラムをやりたかったんですよ。そしたらPRAISEに誘われたんで、すげぇいいタイミングだったんです。これが2ビートのパンク・バンドだったら、たぶん入ってなかったと思います。

Aori:初めてスタジオに入ったとき、お互い楽しかったんですよ。フィーリングが合うというか、パワフルなドラムも叩けるんですけど、繊細なドラミングもできるところがPRAISEにぴったりだったんです。

-これまで通販と会場限定で2枚のミニ・アルバム(2014年リリースの『end and start』と2015年リリースの『Common』)をリリースしてきましたが、活動は順調だったんでしょうか?

Yuta:PRAISEってもともと、ミクスチャーをやりましょうって始まったバンドではなかったんです。できあがった曲に"こうしよう"、"こうしよう"って衣をつけていって、それをライヴでやりながらちょっとずつ進化してきたんですよ。それに対して、不安があったのか不満があったのか、"そろそろレーベルからリリースしたいよね"、"全国流通かけたいよね"ってタイミングで抜けていったメンバーもいて。今思うと、もうちょっとやり方があったのかなと思いながら、僕ら自身もふわふわしていたというか、俺たちがやりたいのはこれなんだっていうのがなかったぶん、メンバー間で意思の疎通ができずにわかり合えてなかったというところは反省しているんです。でも、そのうちに周りからミクスチャーって言われるようになってきて、それも最初は納得してなかったんですよ。バンドでラップしているんだからミクスチャーってリスナーの人たちは思うかもしれないけど、ミクスチャーってジャンルのようでジャンルじゃないと思うし、本当の意味で、いろいろなものをミックスしている曲を作りたかったし、だから僕らがミクスチャー・バンドだっていうのは後付けなんですよね。"東京ミクスチャー"って謳っていますけど、実は"結果ミクスチャー"(笑)。だから、最初はミクスチャーって言われることにしっくりきてなかったんですけど、ミクスチャーと言われている先輩たちと話してみると、好きな音楽のベクトルがいろいろなところに向きすぎていて、ひとつに収まりきらない人たちが多くて......UZMKもそうだし、山嵐もそうだし、RIZEもそうだし、そういう人たちと話すようになってから、俺らもミクスチャーでいいのかなってなってきました。

-じゃあ、"東京ミクスチャー"もジャンルを指す言葉というよりは――

jorge:スタイルですね。

Yuta:Aoriと僕は東京生まれ、東京育ちで、他のメンバーは神奈川だったり、埼玉だったりするんですけど、遊び場は東京って連中で。東京っていろいろな人たちがいろいろなところから集まってきているそのミックスじゃないですか。だから、いろいろな音楽が溢れているし、音楽に限らず、ファッションとか壁のグラフィティとか、いろいろなものがひしめき合っているというイメージがある。"東京"って謳うことを、"偉そうに"って良く思わない人もいるかもしれないけど、僕らはそれをあえてレペゼンしたいんです。いろいろな人がいて、いろいろな音楽が溢れていることを肯定したうえで、"俺たちは東京のバンドです"って言いたかったからミクスチャー・バンドではなく、"東京ミクスチャー"という新しい言葉を使いました。