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INTERVIEW

BLUE ENCOUNT

2014.09.09UPDATE

2014年09月号掲載

BLUE ENCOUNT

メンバー:田邊 駿一 (Vo/Gt) 江口 雄也 (Gt) 辻村 勇太 (Ba) 高村 佳秀 (Dr)

インタビュアー:荒金 良介

-今作はメジャー第1弾になりますけど、心境はいかがですか?

田邊:そもそもメジャー・デビューは僕らの夢でしたからね。結成したのは10年前ですけど、インディーズという言葉も知らなかったし、デビュー=メジャーみたいな考えでしたからね。夢、希望をたくさん持って、21歳のころに最初のメジャー・デビューが決まりかけたんですよ。今と同じスタンスで曲を作っていたけど、それを真っ向から否定されて、これが売れ線だからみたいなものを聴かされて、そういうものを作ろうと。でも曲を作ってるうちに楽しくなくなってきたんですよ。バンドとしての軸も固まってなかったから、周りの大人の意見にも反発できなかったし、それで1度すべてをお断りしたんです。それからメジャーに対する不信感というか、単純にいうとトラウマですね。それから5年経ち、その出会いの中で僕らが信じられた、向こうも信じてくれた関係性がやっとできたから、今回ちゃんとメジャー・デビューと言えるようになりました。トラウマも乗り越えて、地に足を着けて、夢に向かう準備ができた。

-最初に抱いていた、メジャー・デビュー像というのは?

高村:最初この3人(田邊、江口、高村)で田邊の家にお泊まりしたときに、どういう状況を思い描いたかと言うと、何万人というお客さんの中でやってるイメージだったんですよ。

田邊:まあ、それこそフェスだよね。

高村:高校生が憧れを抱く感じと同じですね。

田邊:当時は漫画の"BECK"が流行ってて、でかいフェスの模様の絵がスッと入ってくるんですよ。でもそこに行くためにと逆算をするわけじゃなく、理想しか話してなかった。今考えると、チャンチャラおかしいですね。

-(笑)

田邊:でもその衝動がないと、これだけ長く続けられなかった。どこかで原点に立ち返る瞬間があるし、大きな理想を描いて良かったなと。

高村:熊本だけの活動という考えは全然なかったですからね。

田邊:すげえ自信あったもんね?学校の友達に"俺デビューするから"と言ってた(笑)。

-辻村さんはどうですか?

辻村:自分は当時一緒にバンドをやってなかったけど、その頃に組んでいたバンドでHi-STANDARDのコピーをやってました。それでYouTubeでAIR JAMの動画を友達と観て"やべ、こうなりてえ!"って話してました。ダイヴのマネごとで「stay gold」と言いながら、プールにダイブしてました(笑)。

-江口さんは?

江口:音楽を初めたきっかけは僕も"BECK"を読んで、音楽って面白そうだなと思って。漫画だから少しずつ成り上がっていくじゃないですか。それが楽しそうだなと。

辻村:うまくできてるもんね。

江口:そう、最終的に登っていくストーリーだから。苦労はあるけど、簡単なのかなって。

田邊:3年とか1ページで変わるときがあるからね(笑)。

-バンドの流れを振り返ると"BECK"と同じようには行かなかった?

田邊:そんなに甘くいくわけがないですよね。しかも九州だったので、東京から距離もありましたから。井の中の蛙ですよ。

-僕も九州出身なので、東京はちょっとした海外ぐらいの感覚ですよね。

田邊:まさにそうです。上京するまで行ったことなかったし。

江口:熊本でもダメダメなのに、東京ならイケるみたいなヘンな感覚がありました。

-そうでしたか。

田邊:完全におかしいですよね。熊本でグッと掴んだらイケると思うのが普通ですからね。

高村:熊本で何も残してないですからね(笑)。