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INTERVIEW

iMagic.

2014.06.10UPDATE

2014年06月号掲載

iMagic.

メンバー:u. (Vo) Shunsuke (Gt) manao (Ba) shingo (Dr) GALA (Manipulate)

インタビュアー:山口 智男

-新作の『The END.』と前作『Manifesto.』を聴き、こんなにいろいろな要素が混ざったハイブリッドなサウンドがどんなバックグラウンドから生まれるのか興味を持ちました。メンバーそれぞれが違うバックグラウンドを持っているのか、全員がそれぞれに幅広いバックグラウンドを持っているのか? はじめましてという読者もいると思うので、そんなことも含め、まずバンドがどんなふうに始まったのか教えてもらってもいいですか?

u.:manaoと俺が始めたんですけど......。

manao:僕が元々、やっていたバンドが解散した後、新たにメンバーを探してるとき、たまたま当時、u.がやっていたバンドのライヴを見にいったんですよ。u.とは前から面識があったんですけど、その時、曲とか歌とかに可能性を感じて、一緒にやってみたいと思いました。それで話をしてみたら、u.のバンドももうすぐ解散すると言うので、じゃあ一緒にやらないかと声をかけたんです。そこから曲作りを1年、いや、2年ぐらいライヴもやらずにしてました。

u.:とりあえず曲をがむしゃらに作ってましたね。

manao:それで、そろそろライヴをやろうってなったとき、ギターにShunsukeとマニピュレーターの友達を入れて、最初はドラムなしで、打ち込みでライヴをやりはじめたんです。

u.:情けないスタイルで(笑)。

manao:バンドを始めた頃からずっとshingoを誘ってたんですけど、shingoはshingoで別のバンドをやっていて、ずっとフラれっぱなしだったんです。でも、打ち込みスタイルのライヴを、shingoが見にきてくれて......。

shingo:一緒にやりたいなと思いました。

u.:入ってやってもいいかなって、なぁ(笑)。

shingo:いや、一緒にやらせてくださいって(笑)。

u.:それから時が経ち、今に至ります。

-バンドの結成がウェブでは2005年、『The END.』の文字資料では2007年となっているんですけど、どちらが正しい?

manao:u.と僕が一緒にやり始めたのが2005年で......。

u.:ライヴ活動を始めたのが2007年。

manao:2年間ぐらいは曲を作るためにひきこもってたことになりますね。

u.:週2ぐらいで家に集まって、曲を作ってたんですけど、でも、できた曲が2曲しかなくて(笑)。

manao:2年間で(笑)。

-でも、そこに至るまでには、たくさんの曲をボツにしたってことなんですよね?

u.:それが2曲なんです(笑)。でも、それが渾身の2振りになって、そこからいろいろな物語が始まったというか、現在のメンバーを誘うきっかけにもなりました。あの2曲がなかったら今はないと思います。もちろん2年間、その2曲ばかりやってたわけではないんですけど、その期間は重要だったと思ってます。

-2年間、ライヴをやらずに曲作りに専念していたのは、なぜだったんですか?

u.:初めてiMagic.を見るお客さんに変なファースト・インプレッションを絶対、与えたくなかったんですよ。初めから全力で行きたかった。ふわっとできた曲で、とりあえずみたいな感じでセットリストを組みたくなかったんです。ちゃんと人様に見せられる形になってから、ライヴをやりたかったんですよね。

-2人で曲作りを始めた時は、やりたい音楽っていうのはわかっていたんですか? それとも2年間、曲作りする中で見つけていったんでしょうか?

manao:元々、僕はメロコア・バンドをやってたんです。ベース/ヴォーカルで英語で歌ってたんですけど、次、バンドを組む時はベースに専念して、かつ日本語のメロディアスなロックをやりたかったんです。それをイメージしていたとき、たまたまu.がやっていたバンドを見て、u.とだったら自分が思い描いてることができるんじゃないかと思いました。

-u.さんはその頃、どんなバンドをやっていたんですか?

u.:俺、ギターだったんです。

-ギター/ヴォーカルだったんですか?

u.:ギター/コーラス? なんだろう。2人ヴォーカルのギターを弾いてる奴みたいな感じだったんです(笑)。このバンドで初めてピン・ヴォーカルやるようになりました。その頃はメチャクチャなバンドをやってたんで、このバンドではちゃんとしようと思ったんです(笑)。やりたいことを、やるべきメンバーとちゃんとやりたかったんです。まーちゃん(manao)から誘われたんですけど、逆に曲を作りたかったから、入るっていうよりは、入ってくれ。軸はこっちにくれって言いました。それから、近くで遊んでたShunsuke君を、"君、来なよ"って誘いました。GALAはずっと親友だったんです。全然違うユニットで音楽してたんですけど、仲が良かったから、来いよって電話したんです。

manao:shingoと俺は高校の時からHi-STANDARDのコピー・バンドをやってて、その後もお互いのバンドをずっとサポートしあってたんです。滋賀県で1番かっこいいドラマーは誰だ?って話になったとき、真っ先にshingoの名前を挙げました。

u.:最初は断られたんですけど、それから毎日のように"気が変わった?"と電話して(笑)。