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激ロック | ラウドロック ポータルサイト

INTERVIEW

ALL OFF

2012.08.03UPDATE

2012年08月号掲載

ALL OFF

メンバー:松浦 奏平 (Vo)

インタビュアー:MAY-E

-激ロックTOURではお世話になりました。MANAFESTと共演してみていかがでしたか?

外タレとライヴするのはあれが初めてだったので、“やっと有名な外タレとライヴが出来るね”とメンバーとも事前に盛り上がっていて、思い出に残るライヴになりました。

-あの日の出演者にはMANAFESTをはじめとしたアメリカやカナダのミクスチャー・ロック・シーンに影響を受けていたと公言するバンドも多かったですが、ALL OFFもそうでしょうか?

僕がバンドに憧れてバンドを始めた頃は、ミクスチャーが最盛期だったので色々聴いていましたね。LIMP BIZKIT、LINKIN PARK、RED HOT CHILI PEPPERSとか有名なものを含めて、大学でもバンド・サークルに入っていたのでそういうバンドのコピーをやりまくってました。なのでモロに影響を受けていますね。

-ちなみに元々パートはヴォーカルだったんですか?

元々はドラムだったんですよ。このバンドでも最初はドラムで、みんなが就活を始める頃に本格的にバンドを始動したんですけど、その時にドラムを叩ける奴がいなくて僕がドラムを叩きながらメロも作ってという感じでした。それでライヴの時だけサポート・ドラムを入れて、メンバーが固まらない時期が何年もあったんです。それで大槻がドラムとして加入して、本格的にバンドが始動するまではドラムとヴォーカルの二束のわらじみたいな感じでした。

-ALL OFFのサウンドはハードではあるけれど、メタルやハードコアのそれとは違い、特に「California Sun」といった楽曲を聴くとエモ・ロックやパンクからの影響が伺えるのですが、いかがでしょうか?バックグラウンドを教えてください。

個人的なルーツを言うとポップ・パンクなんですよ。このバンドのサウンドからはかけ離れていると思うんですが、1番好きなバンドがBLINK- 182で、これは常に公言しているんです。メロディがとにかく大好きで、メロディとカッコいいリフというのを1番大事にしたいと思ってずっと活動してたんです。なので激しいメタルな感じとか、シャウトが入りまくる音楽という形には自然とならなかったというか。逆に真似だけしてそこで勝負しても、今のシーンにいる他のバンドには勝てないと思ったんです。なので最初からそういう所で勝負するわけではなくて、自分のルーツであるメロディだったり、歌詞の誠実さとかそういう部分で勝負したいと思っているんです。メンバーみんなは聴いてるバンドもばらばらで、ギターの岳はメタルとかも得意なんですけど、主にメロを乗せたり歌詞を乗せたりしているのが僕ということもあって、ALL OFFのサウンドとしては全面的にメタルの激しさとかは今のところは出てない感じですね。ただ、今後の振り幅としてそういう曲がもっと増えていってもいいと思いますし、逆にもっとソフトな曲があってもいいと思うんです。いそうでいないラインを狙いたいということを結成当時から思っていて、日本のシーンで、重いけどメロディックで、ただ暗いだけ、ただ明るいだけではなく叙情性のあるバンドってほぼいなくて、分かりづらいかもしれないけど、そういういそうでいないラインを突いて長いスパンで認められたいと思っているんです。なのでパッと出のインパクトというのは他のバンドには勝てないかもしれないけど、長く残る音楽というのは常に作って行きたいと思っています。

-カリフォルニア育ちということですが、どのくらいアメリカにいたのですか?

そうですね。3歳か4歳ぐらいから10歳ぐらいまで住んでいたので、逆に自分の根本的な部分というのは向こうで出来上がった感じなんです。帰国子女ですけど日本で青年時代を過ごして向こうに行ったわけではないので、向こうの感覚が当たり前という感じです。日本に来てカルチャー・ショックを受けたことが多かったなと思います。

-10歳というと、小学4年生ぐらいには日本戻って、それからはずっと日本にいらしたんですか?

そうですね。もっと早く向こうに戻れるのかなと思っていたんですが、全然戻れる機会もなく今に到るという感じですね。

-「California Sun」はもちろん現地カリフォルニアのことを歌った歌ですよね?

僕の半生みたいなものを駆け足で歌いつつ、友達だったり親だったりへの感謝を歌った曲ですね。曲の感じがモロに僕のルーツであるカリフォルニアの空の雰囲気が出てるなと思ったから、「California Sun」というタイトルにしたんです。向こうって太陽の高さも違うし、空気の色みたいなものがあるんですよ。日本とはそれが全然違って、そういう空気感をちょっとでも出せたらなと思い、カリフォルニアのことを限定で歌っているわけではないんですけど、全体的にそういうイメージをしてくれたらなと思って「California Sun」というタイトルにしました。